夕餉のお膳を運ぶのは、入り口で出迎えてくださった斑着物の女性達でした。
ふっくらつやつやの白いお米を筆頭に、川魚の焼き物やきのこのすまし汁、天ぷら、お刺身や煮物。どのお椀も綺麗に盛り付けられて目に麗しく、それになんて美味しそうな香り…。そわそわしないほうが失礼なのではないかしら。
「あの、ありがとうございます。」
お膳を運んでくださった女性にお礼を言うと、女性はにこりと微笑みます。その優しい雰囲気に、緊張がほぐれるのを感じました。
どの女性を見ても皆さま同じ、珍しい土色の斑模様の着物を着ています。
君影さまのご意向なのかしら。皆さまとてもお綺麗だから、色鮮やかな着物もきっと似合うのに。
そんなことを考えながら、仁雷さま義嵐さまと一緒に夕餉をいただきます。
出汁の香りがふわりと立つ煮物を一口食べると、
「…!」
そのあまりの美味に、背筋がぴんと真っ直ぐ伸びました。
どのお椀も汁物も、温かく芳しく、端ないと分かっていてもお箸の手が止まらないのです。
わたしが夢中で食べる様子を見て、一人の女性がこちらへ寄りました。
「早苗様、雉子亭は自家製の抹茶塩も絶品なのですよ。宜しければお試しくださいませ。」
そう言うと、女性は小さな小さな漆塗りの小箱をくださいました。
蓋を開ければ、中には鶯色のお塩がたっぷりと入っています。女性の白い指が塩を摘み、山菜の天ぷらにそっと振りかけていきます。
抹茶塩のかかった天ぷらを一口含めば、
「……っ!!」
なんて豊かなお味でしょう!抹茶の風味がなんとも上品で、山菜の甘さが引き立ちます。新しい食の扉を開いたよう。
「わぁ、美味しい…!
こんなお塩があるのですね。知りませんでした。」
女性はフフッと笑い、お塩の小箱をわたしに差し出します。
「私は竜胆と申します。
そんなに喜んでいただけて、冥利に尽きますわ。こちらは差し上げますので、どうぞご活用くださいませ。」
「よろしいのですか?ありがとうございます、竜胆さまっ。」
竜胆さまから頂いたお塩の小箱を大切に握り締め、わたしは笑みを返しました。
「早苗さん。」
ふと、隣に座る仁雷さまから声を掛けられました。
わたしが「はい」と返事をするのと同時に、
「これも食べるといい。」
「!」
ご自分のお膳の天ぷらを、わたしのお椀に分けてくださいました。
「いえ、そんな!いただけません!」
「よく食べて力を付けた方がいい。」
「…あ、え、…でも…。」
それでも人様のご飯をいただくなんて…。
どうしたものかと困っていると、対面に座る義嵐さまが楽しそうに仰います。
「仁雷は、早苗さんが美味しそうに飯食うとこ、もっと見たいんだよな?」
「義嵐っ!」
仁雷さまが間髪入れず吠えました。
「早苗さん、おれのもやるよ。いっぱい食べて大きくなりな。」
「…あ、そんな…義嵐さままで…。」
お椀に盛られた二人分の天ぷらを見つめたまま、わたしはすっかりお箸の手を止めてしまいました。
「…義嵐!言っておくが俺は別に他意は無い!いちいち茶化すのはやめろ!」
「なんだ、じゃあ早苗さんが美味しそうに食べてたのも嬉しくないのか。気の毒に丸二日ずっと歩き通しだったから、雉子亭の絶品の夕餉を食わすの、おれは楽しみにしてたけどな?」
「クッ…!!
そ、れについては他意は…ある…!」
言い合いを繰り広げるお二人は、なんとも仲良さそうに見えます。
きっと昔からの馴染み同士なのでしょう。
ーーーこんな食事は、生まれて初めてかもしれないわ…。
夢のように美味しいご飯も、誰かと一緒に賑やかに食べるのも、そしてこんなに心が安らぐのも。
お二人の声を聞きながら、わたしは山菜の天ぷらに抹茶塩を振りかけ、口へ運びます。
…ああ、やっぱり。とっても甘くて美味しいわ。