「星見さま、おはようございます。」
わたしの一日は、湯気の立つ朝餉のお膳を、離れ座敷にいらっしゃる星見さまの元へお運びするお仕事から始まります。
襖を開ければ、その方は既にお目覚めになっていて、わたしに気付くと柔らかく微笑んでくださいました。
「おはよう、早苗。」
綺麗な黒髪に、薄桃色の寝間着姿の星見さまは、わたしが幼少の頃より身の回りのお世話をさせていただいている、犬居本家の大切なお嬢様です。
花も恥じらう十六歳。犬居の娘は代々見目麗しく成長すると言うけれど、星見さまもまた同様に、菊の花のように清らかな美を纏うお方でした。
「具合はいかがですか?」
「ええ、今日はとてもいいわ。
先生のお薬がよく効いたみたい。」
昨日より少し顔色が良いように見受けられて、わたしは「ようございました」と安堵します。
星見さまは幼い頃からお体が弱く、一日の大半を床で過ごします。お医者さまのお薬はとても高価ですけれど、命には代えられません。
「早苗。朝餉の前に少し庭に出たいの。
手を貸してくれる?」
「はい。」
星見さまから差し出された手は、とても白く痩せていました。
お体を支えて一歩一歩ゆっくりと縁側へ、そして、真っ白な菊が綻び始める庭へとお連れします。
「……このまま良くなってくれるといいのだけど。」
「大丈夫、きっと良くなりますわ。
そうしたら、早苗と物見遊山に参りましょう。」
不安げな星見さまのお顔をなんとかしたくて、わたしは努めて元気な声で、そう励ましました。
「ええ、そうね…。ありがとう、早苗。」
柔らかく微笑む星見さま。
彼女の口にするお礼の言葉は、わたしには勿体無いくらい優しい響きを湛えていました。
「…じきに“儀式”の日がやって来るわね。」
星見さまは菊花の群れを見つめて、また物悲しい表情を浮かべました。
「でも、こんな体では、きっとお役目を任せてはいただけないわね…。」
儀式と、お役目。その言葉に、わたしはひどい緊張を覚えました。お嬢様のお顔を見上げ、おずおずと訊ねます。
「…星見さまは、お役目を務めたいと思われるのですか?」
「そうね…犬居家に生まれたのですもの。
何も出来ずに病で死んでしまうくらいなら…私に出来ることを果たしてから、逝きたいと思うわ。」
「………。」
星見さまの言葉に、わたしは何も返せませんでした。
病が治るかは分かりません。星見さまだけでなく、そのお母上も、そのまたお母上も、同じ病で亡くなったと聞いています。
そうでなくとも、儀式のお役目を務める…とは、犬居家では“死”を意味するものですから。
そしてそれは、決してわたし自身とも無関係ではなかったのです。
「……星見さまは、今はゆっくり静養なさるべきですわ。お役目の代わりはまだおります。」
「…早苗。」
「…だってわたしも、曲がりなりにも“犬居の娘”ですもの。」
星見さまとわたしは、異母姉妹にあたります。…けれど、「姉さま」と呼んだことはありません。
星見さまは大切な正妻のお嬢様。片やわたしは、本家の娘の身代わりとして産み育てられた、妾の娘だから。
それに、
「…“狗神さま”の元へ行けるなら、これほど名誉なことはありませんもの。」