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監察部隊による『稀血』の追加調査結果。
出生地は帝都南西の廃村。
母親を華月、父親を人間に持つ──白夜 深月は、白夜家の内乱に巻き込まれ、二十年前に消息を絶つ。
元帝国軍隠密部隊所属の「東 貴一」を養父に持ち、白夜 深月の両親とは旧知の仲であったことが判明。
華月現首領・白夜 乃蒼とは従兄妹関係にある。華明館一件への加担は、暴走時の処理を目的としたものではなく、救済であった。
稀血による暴走は、一度自我を失えば正気に戻すことは不可能とされていたが、白夜 深月は例外である。
一名の負傷者が出たものの、現在は極めて平静。
白夜家の血筋であることを考慮し、要監視対象から特命部隊預かりとし、引き続き身柄の保護を継続する。
また、奉公先であった「庵楽堂」店主の借金肩代わりの件だが……
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華明館での一夜から七日が経過し、深月は自分の出生について暁から順序立てて聞かされた。
信じられないような事実ばかりだが、両親のことを知れたのは思いがけない幸運である。
(まさか、借金の肩代わりが嘘だったなんて……)
大旦那は深月に、養父の借金を肩代わりしたのは自分だと主張していた。
しかし、それはすべて嘘であり、実際のところは養父が庵楽堂が抱えていた負債を、私財を用いて援助していたという。
二人の関係性は今のところ不明な点が多いが、お人好しである貴一の温情につけ込み、本来深月にあてていた私財も窃取したとされている。
養父・貴一の死の原因は、狂人化した華月により重傷を負ったものと考えられ、今のところ隠密時代の恨みを買った可能性が高い、との事だった。
「大変だったんだね。僕が早くに見つけていたら、深月が苦労することもなかったのに」
特命部隊本拠地。
隊長室には、深月と暁、そしてなぜか乃蒼がいる。
「白夜……さんは」
「白夜さんだなんて他人行儀だな。一応、血筋でいえばキミも白夜の者なんだから、僕のことは乃蒼って呼んでよ」
母親が白夜家の者だと知ったばかりで、さすがの深月もすぐには順応できない。乃蒼が従兄妹だとしても、気軽に呼ぶのは抵抗があった。
「それで、貴方はどんな要件があってここまで来たんだ」
深月の隣に座る仏頂面の暁が、乃蒼をじっと見る。
「いやだな、暁くん。僕は深月の様子が気になっただけで、決して喧嘩を売りに来たわけじゃないんだ。だから、その野良華月に向けるような目はやめておくれよ」
華月には、二通りいる。
白夜家に服従する華月と、そうではない野良華月。
特命部隊が日々討伐しているのは、この野良華月であり、乃蒼はそいつらと一緒にされるのは心外だと抗議した。
「僕だってね、困っているんだよ。従属外の華月が好き勝手に人間を襲うたび、立場は悪くなる一方でさ」
白夜家の支配下にない華月が暴走すれば特命部隊が討伐し、それは華月首領により容認されている。
聞けば聞くほどなんともおかしな関係性だが、それにより今も二つの種族は均衡を保ち帝都にて共存ができているのだ。
「まあ、だから……稀血である深月が持つ支配力は、僕らにとっても唯一の光だと考えていたわけだけど。覚醒はしても、能力は発現していないようだし、ひとまずそれに頼るのはやめるとするよ」
乃蒼の目的は、血によって覚醒し暴走した深月を表向きは屠ったことにして、白夜家に連れ帰ることだった。
しかし、暁が言葉だけで深月を正気に戻したことで、今もこうして特命部隊の本拠地に身を置く状況が続いていた。
「暁くんのお父上に睨まれるのも厄介だからね、深月のことは特命部隊でお願いするけど……深月、なにか嫌なことがあればすぐに連絡をおくれ。その時は華月頭領の名を行使して、キミを正式に白夜家に迎え入れるから」
「……乃蒼さん、ありがとうございます」
乃蒼の言葉は、あくまでも自分を尊重してくれているのが伝わってくる。
白夜家に行くという考えはないけれど、その気持ちが嬉しくて深月は素直に感謝を述べた。
程なくして、乃蒼は「また来るよ」と言い残し、中折れ帽子を深く被って邸を去っていった。
華月は陽の光に弱い。
それは華月の始祖であり、闇夜を生きる「あやかし」の性質が色濃く反映されているせいだというが、にも関わらず深月に会いに来てくれた。彼もまた、深月を案じる一人なのだろう。
「朱凰様……」
二人きりになった空間で、深月は隣にいる暁に声をかけた。