いなくなった深月を捜すべく、暁は華明館の廊下を奔走していた。
(何をやっていたんだ俺は)
一瞬の出来事だった。
暗闇の中で不意を突かれ、深月の腕から手を離してしまった。深月は何者かによって連れ去られ、残された暁はわずかな気配を辿って館の中を捜索していたのである。
そして、三階に移動したとき。
一番奥の部屋から感じる威圧に暁は眉を顰めた。
(あの部屋か)
この気配には覚えがある。
狂人化し暴走した華月と対峙したときの空気感と似ているのだ。
しかし、これは桁違いである。
「失礼する!」
扉を開けた暁は、言葉を失った。
室内には二人。一人は扉側に立ち、一人は窓際で蹲っている。
月明かりに照らされ呻吟する者が深月だと気づき、暁はすぐさま駆け寄ろうと動く。
だが、もう一人の青年によって制止された。
「人間のキミが近づけば一溜りもない。周りを見てみなよ、これはあの子が一瞬でやったことだ」
青年の言葉に目を配る。壁際には家具や調度品が散乱していた。台風でも通ったような有り様である。
「……白夜家当主。彼女を連れ去ったのも貴殿か」
「キミのお父上に頼まれてね、暁くん。心当たりはあるだろう?」
暁は自身の判断に多少の後ろめたさを感じた。
深月の絆されたわけではない。
だが、いつからか躊躇するようになったのは確かだ。
ゆえに暁は渡された小瓶を使えずにいた。
その結果が、これである。
養父は――参謀総長は、華月の長に暴走する可能性がある深月の対処を委ねたのだ。
「血を、飲ませたんだな」
「ああ。そうしたらすぐに暴走してね。元々吸血衝動もあったようだし、これは手がつけられ――」
「退け」
暁は乃蒼の横をすり抜け、深月の傍へ向かう。
「いやいや、何してるの。その子は暴走しているんだよ。普通の華月が狂人化するのとはわけが違う。ああなったら、もう正気には」
「誰が暴走しているって?」
暁は振り返り、乃蒼を一瞥した。
「暴走しているというなら、すでに私は襲いかかられても可笑しくはない」
そう言った暁は、ゆっくりと深月に近づいていく。
「彼女は今まさに、両者の狭間でもがいている。身を削って理性を保とうとしている。必死に、抗っているんだ」
覚醒の影響だろうか。
灰色に近い黒髪は星の粒を取り込んだように煌めき、青紫の瞳は淡く発光している。
「ぐっ、あ、うう……あああっ」
肩を上下にしながら呼吸を繰り返し、床に爪を立てる様は、怯えた猫のようにも見えた。
「――深月」
その名を呼ぶ。
すると、自我を失いかけた瞳に、わずかな反応が浮かんだ。