よくわからないことは、立て続けに起こるものだ。

 深月が夜会への出席を聞かされたのは、暁と中央区画に出かけた次の日のことである。

「わ、私には不相応な場所です!」
「……」

 しかし、告げた暁本人の納得がいっていない様子に、深月は決して彼の意向ではないのだと悟った。

「君を、ある人物に会わせろと、そう指令があった」
「……一つ、お聞かせください」
「なんだ?」
「それは、誰のご指示なのですか」

 部隊長である暁を御せる人間など、限られてくる。
 神妙な面持ちで視線を伏せた暁は、今までにないくらい不安定な声音で呟いた。

「帝国軍参謀総長。私の、養父だ」


 ***


 こうして深月は、意図が掴めないまま夜会へ参加することになった。
 開催場所である華明館へは馬車で向かい、正装服を着こなした暁も同乗していた。

(私、どうしてここにいるんだろう……)

 肌に纒わり付く藍色の洋装(ドレス)に息が詰まる。髪は妙に手慣れた蘭士によって整えられ、格好だけでいえば深月は西洋人と何ら変わりなかった。

 暁の養父――参謀総長は、いったい深月を誰に会わせたがっているのか。全く検討がつかない。
 
「……すまない」

 小刻みに揺れる馬車の中、謝罪を述べた暁を凝視する。

「なぜ、朱凰様が謝るのですか?」

 夜会への出席が暁の意向でないことはわかっている。そしてうまく隠してはいるが、深月と同様に戸惑っているのは彼も同じだった。
 参謀総長に不信感を持っていたとしても、暁にそれを向けるのはお門違いだ。

「……君を保護下に置いてひと月近くになる。このまま解放できる道もあると、踏んでいたんだ」

 まさか暁がそんな考えでいたとは露知らず、深月は目を見開く。
 やはり彼は、最初から無慈悲な人間ではなかった。
 だからこそ、居心地の良さを感じてしまう。
 そして解放された自分を想像して、嬉しさよりも暁と離れることに一抹の寂しさが募っていることに困惑する。

(おそらく私は、人として彼が好きなんだ)

 ようやく燻っていた感情の正体を察した深月だが、それでもまだ腑に落ちない部分がある。
 それがまだ、深月にはわからなかった。

「ひと月の間、朱凰様は十分なほどに誠実に接してくださいました。初めはもっと牢獄のような生活を想像していたので、とても感謝しているんです」

 そして、奉公の末に沈んでいた自身の感情について、気づきを与えてくれたのも、彼である。
 きっとこのひと月は、無駄ではなかった。

「君は……」

 そうして浮かべた深月の表情に、暁は魅入ったように瞳を揺らしていた。


 馬車が華明館に到着し、暁が差し出した手に自分の手を乗せ、深月は不慣れな動きで降りる。
 ふと、夜空から射し込む月の光に、動きをとめた。

(満月……か)

 満月になると、自我の弱い華月は理性を失いやすくなる。暁の負傷があってから蘭士に聞いた話だが、だから胸騒ぎがするのだろうか。

「……大丈夫か?」
「はい」

 我に返った深月は、暁と共に華明館の扉をくぐる。

(緊張、しているみたい。当たり前よね、まさか私がこんな場所に来るなんて)

 きっとそのせいだ。
 ――無性に喉が渇いて、仕方がないのは。