散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。
　これに便乗するように、もう一つ似たような文言が帝都にはある。

　華の一族来たれりは、文明開化の礎(そ)を築く。

　意味としては、帝都は華族によって一層に栄華する、という華族を称える一文として帝都人には馴染み深い。

　そしてここ中央区画は、帝都の中でも一番に洋風建築が建ち並び、公共施設、銀行や企業が多く取り入れられている。
　政府、軍本部、華族の住居、夜会や社交界が頻繁に開かれる華明館(かめいかん)など、帝都の中心部として賑わっていた。

　邸を出てから中央区画までそれほど時間はかからず、深月は華やかな街並みを呆然と見つめていた。
　庵楽堂がある東区画は未だ旧時代的な名残りが深く、反対に中央区画は常に先端を走っている。そんな印象があった。

「そこ、気をつけろ」

　不意に肩を引き寄せられ、深月の体は隣を歩いていた暁の胸に吸い込まれる。
　同時に真横を人力車が駆け抜け、衝突を未然に防いでくれたのだと理解した。

　肩を引かれたまま、深月は上を向く。

「申し訳ありません！　朱凰、様……」
「人通りが多いから、私の傍を離れないでくれ」
「あ、は……はい」

　想像以上に暁の顔が近く、声が上ずる。
　そのまま目が合うと、深月はまた不自然に逸らしてしまった。

「……朱凰様。外へ連れ出してくださって、ありがとうございます。怪我が治ったばかりでしたのに」

　深月がここにいる理由。それは、外出許可が上から出たからだという。
　反抗意思もなく、華月の覚醒や暴走もない。それを考慮し暁は深月を外に連れ出したのだ。

「部屋に閉じ込めたきりでは、精神的にも害になる可能性がある。……それと君には、世話になったからな」
　
　当然の責務だと告げる暁の横顔は、今まで見たことがない表情をしている。
　そこはかとなく落ち着かない様子は、もしかするとあの晩のことを結構気にしているのかもしれない。

（冷たい人ではないことは、もうわかってる）

　口調や態度は職務を貫く軍人そのものだけれど、彼はいつも真摯に接してくれていたのだ。
　そして、一番近くにいるからこそ、その気遣いがわかってしまう。

（なんだか、くすぐったい）

　こうして二人並んで歩くのも、苦だとは感じなかった。