「奉公以前、君は一体どこにいた? そして、君の生みの親について何か知っているか?」

 やっぱりと、深月は思った。
 稀血が人間と華月の間に生まれてくるのなら、深月の本当の両親はどちらかが人間で、どちらかが華月ということなのだろう。

 けれど、残念ながら深月はなにも知らない。


「……わかりません。本当の父と母は、赤子のとき私を置いてどこかへ行ってしまったそうです。私を十五歳まで育ててくれたのは、養父です」

 深月が両親に捨てられたことを淡々と告げると、暁はわずかに瞳を哀しそうに揺らした。
 しかし、気のせいともとれるほど一瞬のことで、さらに深月に尋ねてくる。

「では、養父は今どこに?」
「十五のとき、亡くなりました。養父は借金をしていたようで、その肩代わりをしてくださったのが庵楽堂の大旦那様です」
「……養父の名は?」
「苗字は、わかりません。名前は、貴一(きいち)といいます」

 改めて深月は、自分は養父のことを全く知らないという事実に気づかされる。

 なにより養父が知られることを拒んでいたような印象だったため、無理に問いただすこともできなかったのだ。

「その、貴一さん? は、どうして死んじゃったんだ? なにか病にかかったとかか?」
「いいえ。養父は……家の前に傷だらけで倒れていて。その怪我が悪化して、亡くなりました」
「何者かから、怪我を受けたということか……」

 暁はその場で思案し、難しそうに眉根を寄せる。
 その麗しい風貌も相まって、より迫力を感じてしまう。

「追い剥ぎかどうかは判断のしようがないが、人が死んだとなれば大事だ。警備隊にはいつ頃届出を?」
「それは…………出して、ないんです」
「……なに?」
「養父が、警備隊には報せるなと。傷も手遅れだから、医者も連れてくるな、しばらく外には出るなって……そう、何度も私に」

 養父は何かを隠していた。
 そして、それを深月に話す余裕もなく死んでしまった。

 残されたのは数々の疑問と、借金。
 当時は、金貸しと揉めて殺傷騒ぎにまで発展したのだと大旦那に聞かされた。

 だけど、深月はどこかで納得がいっていない部分もあった。
 あの堅実な養父が、本当にそんな事件に巻き込まれたのかと。

 しかし結局は、庵楽堂に身を置き、代わりに返済生活をしていたのだが。

(……私、どうなってしまうんだろう)

 気持ちが落ち着いたわけではないけれど、物事を深く考えれば考えるだけ不安が溢れていく。

 深月が拘束される自分の手首を見つめていれば、控えめに扉を叩く音が聞こえてきた。