「害者は土岐の二階の自宅玄関まで鉄製の外階段を上り、不在を知って、携帯電話を掛け、駅前の喫茶店で待ち合わせるため、階段を降りかけて転落した?」
「頭頂からは落ちないだろう」
「自殺を図って、頭から転落した?」
「遺体は、階段を降りて、二三十メートル先にあった」
「じゃあ、かがんだときに、殴打された」
「可能性はある」
「ホシが飛びあがって、殴打した」
「可能性は少ない。とりあえず、180センチぐらいの人物を探そう。たぶん男。まず、現場周辺の監視カメラをチェック」
「これからですか?帳場も立っていないのに」
と三沢はしり込みした。
「どうせこのヤマはひまな俺とお前に投げられる。初動が重要」
 二人は事件現場から蒲田駅前までの監視カメラと防犯カメラを辿った。大田は瞼が重くなっていた。日付の変わる時刻だった。
 現場の土岐の住居前の路地には防犯カメラも監視カメラもなかった。路地を出ると小さな飲食店が散見される裏通りになる。どこにも防犯カメラはない。街路灯もない。駅前近くの飲食店街には照明はあるが、防犯カメラは見当たらない。駅前通りの金融関係のビルには監視カメラはあるが、被害者と駅と現場を結ぶ動線からは遠い。
 二人は翌朝、防犯カメラと監視カメラの録画をチェックすることにして帰宅した。

 翌火曜日、朝、帳場が立った。検死と現場検証の結果、殺人と断定された。人手不足で、初動捜査終了後は手すきの大田と三沢の二人の担当となった。
 遺留品の学生証を見ながら、三沢が大学に電話連絡を取った。保護者の携帯電話の連絡先に電話を掛けたが電源が切られている。
 自宅住所に出向いた。地下鉄根津駅で下車した。植木鉢が蝟集する細い路地を地図ナビに誘導されてゆくと、低いモルタル塀で囲われたアパートにでた。たてつけのわるい門扉を開けて、右端のベニアドアを三沢がノックした。名前を呼んだが応答がない。隣の室にも声をかけたが、そこも不在のようだ。背筋が寒くなった。
 大田は現場に戻ることを優先させた。正午近くの現場に戻って、駅までの動線をたどりながら防犯カメラと監視カメラの録画CDの借用に奔走した。手間取った。
 昼過ぎに署に帰ってから、もう一度遺族に電話した。父親の携帯電話につながったが出ない。留守番電話に哀悼の言葉とともに遺体確認を依頼した。