ディオンがバルコニーを見上げると、そこにはリアスト国王とトビンセン国王の二人の姿があった。表に出ているのが二人の姿だけであって、もちろん裏には護衛騎士がぴっちりと張り付いている。

「嘘よ、なんであの二人がいるの」
 ジェシカのその叫びに。
「それは我が国トビンセンに対する不敬と捉えてよいか」
 ディオンの声は、相変わらず冷たい。
 
「あら、お兄様。彼女のトビンセンに対する不敬は数多くてよ。お父様が青ざめていらっしゃるでしょ」
 とユカエルが言う。
 トビンセン国王はユカエルが指摘した通り、顔が真っ青であった。留学先のリアストで、自分の娘がいじめにあっていた事実を知った父。しかも相手は格下の令嬢、に値するかどうかわからないような娘。

「そうだったな。ジェシカ嬢の我が妹ユカエルに対する行動は、けして許されるようなものではないな」

「妹……?」
 ルミューが呟く。
「ああ、そうだ。ユカエルはトビンセンの優秀な魔女だが、私の双子の妹でもある。魔女と皇女、二つの身分を持っているのだ。そちらの婚約者殿が働いた数々の不敬。どのように罰してくれようか」
 そこでディオンはくくくっと笑う。これではどちらが悪役がわかったもんじゃない。

「まずは」と、バルコニーの方から声があがった。リアスト国王がしびれを切らしたのか、口を開いたのだ。
「ルミューとシエラ嬢の婚約破棄を、ここに正式に認める」
 国王が宣言されたことは絶対に覆らない。これで、ルミューとシエラの婚約は正式に破棄された。
「そして皆の者、この話はこれで終わりだ。残りの時間を楽しむが良い」
 言い、二人の国王は姿を消した。

 そうでした、すっかり忘れていたけれど今は卒業パーティの真っ最中。
 裏で何が話し合われているのか、生徒たちは知らない。そして、気にしてはならない。どんな結論が出ようと、それは国王が決めたこと。反論してはならない。
 言われた通り、卒業パーティを楽しまなければならない。

「お兄様。こういうときこそ、シエラさんにダンスを申し込むのですよ」
 ユカエルがディオンにそっと言う。ディオンはそうか、なんて頷いてシエラにダンスを申し込む。
 シエラは驚いていたが、ユカエルの兄とも聞いたからか、またさっきの申し込みがあったからか、少し嬉しそう。そのきつい顔の表情が少しずつ柔らかくなっていくことにユカエルは気づいた。

 ちょっと、やっぱりお似合いの二人じゃないの。あんなクソ皇太子よりもお兄様よ、お兄様。とユカエルは満足そうだ。

 ユカエルはそっとその場を離れようとする。が、その右手を掴まれた。ジェシカだ。
「なんで、あんたがここにいるのよ。ディオン様の妹って何なのよ。裏ボスの魔女でしょ」
 なんと、このジェシカという少女。どうやらこの世界のことを知っているらしい。

「やめろ、ジェシカ。これ以上不敬を重ねるな」
 クソ皇太子とその取り巻きが止めに入る。

「ごきげんよう、ジェシカさん。今までのお礼は必ず」
 ユカエルは上品に笑んで、その会場を後にした。

 そんなユカエルを会場の外で待っていたのはトビンセン国王付きの護衛騎士で、彼に案内されて別室へと連れていかれてしまった。

 そこには情けない顔をした父親と、難しい顔をしたリアスト国王がいる。
「ユカエル、なぜ言ってくれなかった。こんなことなら、無理やりにでも連れ戻すべきだった」

「お父様、ご心配なさらずに。他の方はとても親切にしてくださいましたから。とくにシエラさん。お兄様とシエラさんの婚約を正式にお認めになってくださいね。お兄様とシエラさんが結婚されたら、シエラさんは私のお義姉様ですね」

 うっとりとユカエルは両手を合わせている。一体どのような妄想を繰り広げているのか。そんな彼女の夢見心地をぶった切ったのがリアスト国王。
「その、愚息がご迷惑をおかけした」
 頭を下げる。

「頭を上げてください、陛下。クソ皇太子……じゃなかった、ルミュー殿下は私には何もしておりませんから」
 そう、ルミューは何もしていない。むしろユカエルのことを皇女とさえも認識していなかっただろう。留学生のディオン殿下とその部下、みたいな位置付けだったはず。

「すべての元凶はあのジェシカ嬢ですから。ルミュー殿下をたぶらかし、他の生徒会の皆さんも手玉にとっていたジェシカ嬢ですよ」
 と首を傾け、優雅に笑んだ。あれ、私、ちょっと悪役っぽくない? とユカエルは思ってみた。だって私は裏ボスですものね。