「ルミュー殿。少し口を挟んでもよろしいか」
 傍観していた人込みをかきわけて、ディオンが一歩前に飛び出た。

「これはこれはディオン殿。我が国のみっともないところをお見せして申し訳ない」
 とルミューが口を開いたときに、後ろの小動物が「え、なんでディオンがいるのよ」と呟いたのを、ユカエルは聞き逃していない。

「ルミュー殿とシエラ嬢は、正式に婚約を破棄された、ということでよろしいか」

「そうだ」
 この大広間に響き渡る盛大な声で答えた。
 そうか、とディオンが呟くと、つかつかと迷いなくシエラの前に進み出て、そこで片膝をつく。そしてシエラの右手をとり、その甲に口づけをする。
「私と結婚して欲しい」

 ちょっとディオン。暴走しすぎ、いきなり結婚ですか。
 シエラもポッカーンとしているよ。

「ディオン殿。何を血迷っている。その者はリアスト王家に対して不敬を働いた者だぞ。そのような者を妻にするとは、あなたの国の品位が問われるのではないか」

 すっとディオンは立ち上がる。そしてルミューからシエラを守るように、シエラを背にする。

「シエラ嬢が王家に対して働いた不敬とは、具体的にはどのようなものだ」

「それの罪を、先ほどから読み上げている」

「罪? 罪とはそちらのジェシカ嬢に対する嫌がらせのことか。たしかジェシカ嬢は王家の者ではないと思っていたのだが」

「今は、な。だが、ジェシカはこれから王家の者となる。これからこの私の正式な婚約者となり、妻となるからな」

「なるほど」
 ふむ、とディオンは右手を顎にあてた。
「ユカエル。こちらに来なさい」

 うわ、まさかこのタイミングで呼び出しを食らうとは。ルミューの後ろの小動物なんか「ユカエルまでいるの?」なんて呟いているよ。

「はい」
 ユカエルが返事をすると、彼女の前の人たちがさーっと引いて両国の皇太子までの道ができあがる。何、このレッドカーペット的な道、と思いながら、黒くて長い髪を見せびらかすように堂々と歩く。さらにドレスも黒だった。真っ黒。ちなみに今日は、腹の中も真っ黒だ。

「ルミュー殿もご存知の通り、我が国の魔女ユカエルだ。私と共にこの国へ留学しており、シエラ嬢には大変世話になった」

「ご紹介に預かりましたユカエルでございます」
 魔女らしく妖艶に挨拶をしよう、と思ったけれど、その妖艶さって持ち合わせていたっけ? まぁ、とりあえず、それなりに。大丈夫だ、きっとこの黒いドレスが誤魔化してくれるはず。

「ユカエル嬢のことは存じ上げている。彼女が何か」

「ユカエルは、我が国の魔女の中でも非常に優秀な魔女なのです。過去の真実を、皆様にお見せすることができるのですよ」

「ほう。それでは、シエラの数々の悪行が暴かれるということだな」

「そうですね」
 と、ユカエルは上品に笑んで肯定する。
 暴かれるのはジェシカのほうだよ、と思いつつも、それをけして顔に出してはならない。

「ユカエル。皆に真実をお見せしなさい」

「御意」

 ユカエルは両手の手のひらを上にして、胸の前に出した。すると、何もない手のひらにポワッと水晶が浮かび上がる。

「これが真実を映す水晶でございます」
 言い、念を投じると水晶が光り、さらにその光がルミューの後ろの壁に映像を投影し始める。ユカエルの中の日本という国に住んでいる娘が言うところのビデオ映像、というものによく似ている。

 映し出された映像には、ジェシカが両手を腰にあてて立っている。そしてその向かい側には、両膝をついたユカエル。そのユカエルの目の前には、散らばって破かれた教科書たち。これはどこからどう見ても、いじめっ娘ジェシカといじめられっ娘ユカエルの図。

『さっさと、自分の国へ戻りなさいよ。この忌々しい魔女。この国のことを学んでも意味が無いって気づかないわけ?』

 なんともこの映像は音声まで再生してくれるらしい。そして、その映像を再生しているユカエルはものすごく恥ずかしい。何しろ、自分がいじめられていたことをこの卒業パーティで晒さなければならないのだから。でも、それをけして顔に出してはならない。自分は妖艶な魔女なのだから。

『あなたたち、何をしていらっしゃるの』
 そこへ響くシエラの声。シエラはユカエルの置かれた立場を察したのか、彼女の教科書を丁寧に拾いあげ、抱える。そして、ジェシカに近づき。
『あなた、自分がしていることを恥ずかしいとは思わないのですか』
 と言い、ジェシカが手にしている教科書に手を伸ばした。それはバサバサっと落ちる。
『あなたがしたことと同じことを、今、ここで、してあげましょうか』

 そこで映像は消えた。

「これが、シエラ様がジェシカさんの教科書を投げ捨てたと言われている真実です」
 ユカエルは透き通る声を発した。恥ずかしがっていてはシエラの濡れ衣は晴らせない。「他の映像もお見せしますか?」
 もっとえぐい映像を見せればよかったかしら、とユカエルは思ったけれど、それはそれで自分が恥ずかしいので、実はこの映像が限界である。

「嘘よ、でたらめよ」やっと姿を現した小動物。「全部この魔女の作り話よ」

 すると、他の女子生徒たちの声があがる。
「違いません」
「私たちも見ました」
「ジェシカさんがユカエルさんをいじめているのを」
 なんと、目撃されていたのか。恥ずかしい。

「リアスト王家の者は、我が国の魔女の力を疑うのか」
 ディオンの低く冷たい声。「疑うのであれば、今後一切リアスト国に我が国の魔女の力は貸さない。それでよろしいですね、父上」