乙女ゲームでありながら、ロールプレイング要素もあるゲーム。対象者たちを攻略しながらボスを倒すと、その対象者と甘い生活が待っている、というストーリー。だから剣と愛が咲き乱れるわけ。
 しかし、本来であれば、ゲームの中のユカエルはこの場にいない。留学先の卒業を間近に控えたユカエルは、母国に呼び出されて一時帰国していた。そのため、本来であればこの卒業パーティに出席していない身。でも、その日本という国に住んでいた時の記憶がそれを回避させた。
 ユカエルが母国に帰国しなければならなかったのは、トビンセンが魔物に襲われたから。ユカエルはトビンセンでも数少ない優秀な魔女。魔物に襲われた国をその魔法で救うというのが、本来のストーリー。でも、どうしてもこの卒業パーティに出席したかったので、魔物に襲われるということを事前に防いだ。ユカエルはトビンセンでも優秀な魔女だから、起こることがわかっているなら事前に防いでしまえばいい。

 ということで、本来は出席することができなかった卒業パーティで、大事な大事な友達が婚約破棄のイベントに巻き込まれ、大事な大事な友達が断罪されている。まぁ、断罪と言うほどのものでもないけれど。どんな感じで進んでいくのかなぁと傍観していたけれど、やっぱり納得いかない。

 なぜならシエラは極悪な悪役令嬢ではないのだ。見た目はそうかもしれないけれど。ただ、外見がきついだけに過ぎない。でもその心は、誰よりも柔らかく優しい。少なくとも、そのクソ皇太子の背中で小動物のように震えている少女よりも。
 このまま放っておくと、くだらない理由によってシエラは国外追放の身となる。そして、追放された先で魔物に襲われ、ジ、エンド。それを知ったユカエルは、裏ボスとしてクソ皇太子とそのヒロインの前に立ちはだかる、というのが本来のゲームのストーリー。

 裏ボスとして奴らを死に貶めるのも良いけれど、できることならシエラに幸せになってもらいたいなぁ、と願う。

 留学生である自分の言葉がどれだけ効力があるかわからないけれど、シエラを助けたい。と思い、一歩前に出ようとしたとき、目の前で誰かの左手が制した。その左手の持ち主を確認すると。
「ディオン様」
 ユカエルは小さな声で自分の主の名を呟く。ディオンは「しっ」と右手の人差し指を立てた。このお見目麗しいディオン様は、ユカエルの母国トビンセンの皇太子。嫁探しと言う名の留学、ではなく留学と言う名の嫁探し、まぁどちらでもよいのだが、そんな感じで隣国のリアストの王立学校に通っていた。つまり、ユカエルが留学しているのもディオンのお目付け役、兼、嫁候補選定のため。同じ女性目線での選定も必要、という偉い人の一声による。

 本来であれば、ディオンもこの卒業パーティには出席できないはずであった。しかし、何かの番狂わせが運命を狂わせ、って、すべてはユカエルのせいであるのだが、こうやって無事に出席できてしまった。

 つまり、この婚約破棄イベントの最大のミスは、留学生であるディオンとユカエルが出席してしまった、ということになる。

 そして何よりも、このディオン。シエラに横恋慕を抱いていた。横恋慕を抱く原因となったのもユカエルのせい。
 毎日の報告のたびに、どれだけシエラが優しくて優しくて優しくて可愛くて、本当に女神みたいな人、というのを聞かせられていたら、嫁探しなんて興味無いね、と言っていたディオンでさえも興味を持つらしい。
 それから少しシエラ嬢とお茶会の機会を持ち、少しずつ接触を試みてみたものの、なんともまぁ、すでに婚約者がいたというオチで。そのときのディオン様の落ち込み方は異様だった。肩から負のオーラを放って、その負のオーラで花瓶の花が枯れるんじゃないかと心配してしまうほど。

 卒業パーティなんて出席できる気分ではない、と言っていたディオン様を無理やり誘ったのもユカエル。出席したらいいことありますよ、なんて、注射を嫌がる子供をお菓子でなだめるような感じで連れてきた。

 そう、そのいいことが、まさしく今。