◆◇
「来月の文化祭の実行委員を決めなくちゃならん!」
翌日の5時間目は1時間丸々HRに当てられた。お昼ご飯を食べた後に数学や英語の教科ではないことに、クラス全員が歓喜していた。HRなんてほとんど休憩モードで受けられる。誰もがそう思っていたことだろう。
しかし、予想に反して担任の雪村先生の熱がすごかった。
「いいか、文化祭と言えば青春! お前らの青春の良し悪しはこの期間に決まると言っても過言ではない!」
昨日、プロテインを飲みすぎたんだろうか。それとも以前よりも盛り上がった筋肉が熱を発しているんだろうか。と誰もが疑いたくなるほど、先生は本気だ。
「さて、実行委員だが。誰かやりたい人はいるか? 男女一人ずつ必要なんだが」
シン、と静まり返る教室。誰もが先生と目を合わせないように視線を宙に彷徨わせている。私もその一人だ。昨日成績のことで母と喧嘩したばかりでとてもじゃないが実行委員なんて引き受けられるはずがない。
「はい」
視界の右端でスッと一人の手が伸びた。物好きもいるもんだと思い視線を合わせると、神林の黒髪の先が窓から吹き付ける秋風に揺れていた。窓際に座る私の目の前に、カーテンがフワーッと広がり一瞬視界を遮られる。カーテンが元に戻ると、雪村先生が「おっ」と嬉しそうな声を上げているところだった。
「神林、頼むぞ。他に異論のある男子はいないか?」
誰も何も声を発しないところを見ると、反対する者はいなそうだった。あとは女子だな、と思いの外スムーズに議論が進みそうだと安心した様子の雪村先生は、組んでいた両腕を解いて教卓に手をついた。
しかししばらく待っても女子の立候補者は現れなかった。
女子はくじ引きか、学級委員にふられそうだな——と誰もが予想していたとき。
「あの」
真っ直ぐに手を挙げたのはクラスの人気者である遠藤柚乃だった。
「おお、遠藤か。やってくれるのか?」
「いえ、立候補じゃなくて推薦なんですけど」
「ほう。誰を推薦したい?」
「私は春山さんがいいと思います」
「へ」
間抜けな声を挙げたのは紛れもなく私だ。柚乃の口から突然私の名前が出てくるなんて思ってもみなかった。クラスメイト全員が一斉に私の方を振り返る。何十もの瞳が自分の方に向けられていて、目を逸らそうにもやり場がない。
「春山か。先生は問題ないと思うが、本人はどうだ」
その場で決断を迫られて、「あの」「えっと」と返す言葉が分からなくて混乱する。ちょっと待って、展開がいきなりすぎて思考が追いつかない! 文化祭の実行委員をやろうなんて私の計画の中にはなかった。去年だってクラスで一番積極的だった子がやっていたし、私は教室の隅で指示された仕事をするので精一杯だったから。
雪村先生の真っ直ぐすぎる視線があまりにも眩しい。でも一番気になったのは私を見つめる神林の表情だ。まるで「日和ならできる」とでも言いたげに、凛としたまなざしを向けていた。再び窓から風が吹きつける。今度はカーテンではなく、私の髪の毛が視界を遮る。いつの間にか胸のあたりにまで伸びた髪の毛が、さっと顔を撫でてもとの位置に戻った。彼が意味深に頷いたのにつられて、私も無意識のうちにこっくりと顎を引いていた。
「お、やってくれるんだな。ありがとう春山! 神林、春山、よろしくな」
ちょっとした私の仕草を肯定の意に受け取った雪村先生がバチバチとうるさいほどの拍手を披露して、みんなもそれにつられてパチパチと手を鳴らす。私以外の全員が今胸の内でほっとしているのが分かる。無事に実行委員が決まって良かった。自分に火種が飛んでこなくて良かったと。
なりゆきで実行委員になってしまった私は誰にも聞こえないように小さくため息をつく。どうする。どうするよこれ。人前に立つのはあまり得意ではないし、実行委員になったことが母にばれたら今度こそ家を追い出されかねない。
柚乃が一瞬私の方を振り返って完璧な笑顔を見せた。なんで、とちょっと不満を言いたいところではあったが、彼女が私を推してくれるのは意外だし嬉しかったのも事実だ。嫌がらせなんかではなく、純粋にいいと思ってくれているのだということは理解していた。
「早速今週末に実行委員会があるから、神林と春山は出席するように。残りの時間でクラスの出し物を決めよう」
ひとまず今日の大仕事である実行委員決めが終わった雪村先生は涼しい顔で次の議題へと話を促した。もう先生が実行委員やればいいのに、と思ったのは私だけではないだろう。
早速私と神林は前に立たされて、文化祭の出し物を決めにかかった。お化け屋敷やらカフェ、フリーマーケットなんかが毎年人気で、みんなが提案してくるものもほとんどが人気の出し物だった。
先ほどの実行委員決めの時とは異なり、全員が好き好きにやりたい出し物を発言していった。トントン拍子に話し合いは進み第一希望から第三希望までの出し物が無事に決定。同時に終業のチャイムが鳴り、第一回目の文化祭の話し合いは順調に幕を閉じた。
「来月の文化祭の実行委員を決めなくちゃならん!」
翌日の5時間目は1時間丸々HRに当てられた。お昼ご飯を食べた後に数学や英語の教科ではないことに、クラス全員が歓喜していた。HRなんてほとんど休憩モードで受けられる。誰もがそう思っていたことだろう。
しかし、予想に反して担任の雪村先生の熱がすごかった。
「いいか、文化祭と言えば青春! お前らの青春の良し悪しはこの期間に決まると言っても過言ではない!」
昨日、プロテインを飲みすぎたんだろうか。それとも以前よりも盛り上がった筋肉が熱を発しているんだろうか。と誰もが疑いたくなるほど、先生は本気だ。
「さて、実行委員だが。誰かやりたい人はいるか? 男女一人ずつ必要なんだが」
シン、と静まり返る教室。誰もが先生と目を合わせないように視線を宙に彷徨わせている。私もその一人だ。昨日成績のことで母と喧嘩したばかりでとてもじゃないが実行委員なんて引き受けられるはずがない。
「はい」
視界の右端でスッと一人の手が伸びた。物好きもいるもんだと思い視線を合わせると、神林の黒髪の先が窓から吹き付ける秋風に揺れていた。窓際に座る私の目の前に、カーテンがフワーッと広がり一瞬視界を遮られる。カーテンが元に戻ると、雪村先生が「おっ」と嬉しそうな声を上げているところだった。
「神林、頼むぞ。他に異論のある男子はいないか?」
誰も何も声を発しないところを見ると、反対する者はいなそうだった。あとは女子だな、と思いの外スムーズに議論が進みそうだと安心した様子の雪村先生は、組んでいた両腕を解いて教卓に手をついた。
しかししばらく待っても女子の立候補者は現れなかった。
女子はくじ引きか、学級委員にふられそうだな——と誰もが予想していたとき。
「あの」
真っ直ぐに手を挙げたのはクラスの人気者である遠藤柚乃だった。
「おお、遠藤か。やってくれるのか?」
「いえ、立候補じゃなくて推薦なんですけど」
「ほう。誰を推薦したい?」
「私は春山さんがいいと思います」
「へ」
間抜けな声を挙げたのは紛れもなく私だ。柚乃の口から突然私の名前が出てくるなんて思ってもみなかった。クラスメイト全員が一斉に私の方を振り返る。何十もの瞳が自分の方に向けられていて、目を逸らそうにもやり場がない。
「春山か。先生は問題ないと思うが、本人はどうだ」
その場で決断を迫られて、「あの」「えっと」と返す言葉が分からなくて混乱する。ちょっと待って、展開がいきなりすぎて思考が追いつかない! 文化祭の実行委員をやろうなんて私の計画の中にはなかった。去年だってクラスで一番積極的だった子がやっていたし、私は教室の隅で指示された仕事をするので精一杯だったから。
雪村先生の真っ直ぐすぎる視線があまりにも眩しい。でも一番気になったのは私を見つめる神林の表情だ。まるで「日和ならできる」とでも言いたげに、凛としたまなざしを向けていた。再び窓から風が吹きつける。今度はカーテンではなく、私の髪の毛が視界を遮る。いつの間にか胸のあたりにまで伸びた髪の毛が、さっと顔を撫でてもとの位置に戻った。彼が意味深に頷いたのにつられて、私も無意識のうちにこっくりと顎を引いていた。
「お、やってくれるんだな。ありがとう春山! 神林、春山、よろしくな」
ちょっとした私の仕草を肯定の意に受け取った雪村先生がバチバチとうるさいほどの拍手を披露して、みんなもそれにつられてパチパチと手を鳴らす。私以外の全員が今胸の内でほっとしているのが分かる。無事に実行委員が決まって良かった。自分に火種が飛んでこなくて良かったと。
なりゆきで実行委員になってしまった私は誰にも聞こえないように小さくため息をつく。どうする。どうするよこれ。人前に立つのはあまり得意ではないし、実行委員になったことが母にばれたら今度こそ家を追い出されかねない。
柚乃が一瞬私の方を振り返って完璧な笑顔を見せた。なんで、とちょっと不満を言いたいところではあったが、彼女が私を推してくれるのは意外だし嬉しかったのも事実だ。嫌がらせなんかではなく、純粋にいいと思ってくれているのだということは理解していた。
「早速今週末に実行委員会があるから、神林と春山は出席するように。残りの時間でクラスの出し物を決めよう」
ひとまず今日の大仕事である実行委員決めが終わった雪村先生は涼しい顔で次の議題へと話を促した。もう先生が実行委員やればいいのに、と思ったのは私だけではないだろう。
早速私と神林は前に立たされて、文化祭の出し物を決めにかかった。お化け屋敷やらカフェ、フリーマーケットなんかが毎年人気で、みんなが提案してくるものもほとんどが人気の出し物だった。
先ほどの実行委員決めの時とは異なり、全員が好き好きにやりたい出し物を発言していった。トントン拍子に話し合いは進み第一希望から第三希望までの出し物が無事に決定。同時に終業のチャイムが鳴り、第一回目の文化祭の話し合いは順調に幕を閉じた。