「どうした、春山(はるやま)。席に座れ」
「あの、私の席がなくなっているんです」

みんなの視線が一斉に私に集まる。注目されることに慣れていない私は、どこに目線を合わせたらいいのか分からず、目が泳ぐのを感じた。
「本当か。誰か、春山の机に心当たりないか?」
意外だった。私は、先生が何かの作業で私の机を使ったのだと思っていたから。でも、先生は何も知らないらしい。他のクラスの先生の仕業? それもあり得るのだが、肌で違うと感じていた。

「「……」」

誰も、何も言わない。
先生は何かを悟ったのか、「ちょっと待っていなさい」と私に指示をして、教室から出て行った。
誰かが、ヒソヒソと話す声が微かに聞こえてくる。でも、あえて耳を傾けたくなくて、考え事をしようと必死に努めた。聞いてはいけない何かを、クラスメイトの誰かが話している気がするのだ。
先生は、5分ほどして教室に戻ってきた。ほんの5分間があまりにも長く、できることならこの場から消えてしまいたいとさえ思った。

「春山、ちょっといいか」

教室に戻るやいなや、先生は私を廊下に呼び出した。
クラスメイトたちが好奇の視線を浴びせてくるのを振り切って、私は応じた。先生は、私の荷物が引っかかった机を横に置いていた。この短時間でよく見つけられたものだ。
いやいや、感心してる場合じゃない。早くこの机を中に入れないと、授業が始まっちゃうわ。
急ぎたい私の心中を察してくれているのかいないのか、雪村先生は真剣な面持ちで口を開いた。

「あのな、春山の机、屋上に続く階段の踊り場に置いてあったんだが、心当たりはあるか」

「踊り場? いえ、ありません」

なぜ。
確か、屋上は封鎖されていて、屋上に続く階段の一番下にはロープが張ってあるはずだ。
まったく理解が追いつかない。例えば、廊下に掲示物を貼るために使ったのだとしても、そんな誰も立ち入らないような場所に何かを掲示するとは思えない。第一、わざわざロープをかいくぐってまで私の机を運ぶの? 誰が、何のために。
「はあ、そうだよなあ。先生たちが動かしたわけではないぽいし、誰か生徒がやったんだろうけど」
「クラスメイトの誰かが……」
だとすればそれは、悪意以外の何ものでもない気がする。

「みんなにも聞いてみるから、今日はひとまず入ろう」

「はい」

ここは先生の言う通り、とりあえず机が見つかったのだから普通に授業を受けるほかなさそうだ。
1時間目が始まるまで時間がなかったため、クラスメイトたちには特に何も言及することなく、一日の授業を終えた。先生が机のことに触れたのは、帰りのHRでのことだった。
「今日はみんなに聞きたいことがある。知ってると思うけど今朝、春山の机がなくなっていたんだ。階段の踊り場で見つかったんだが、誰がやったか、本当に心当たりがある人はいないか?」
シン、と一瞬にして教室が静まり返る。今朝と一緒だ。本当に誰も何も知らないのか、事件を起こした張本人が単に黙っているだけなのか。

私は、教室中ににじみ出る気まずい雰囲気に、答えを悟った。
この中の誰かが、私の机を隠したのだと。