「そうなん、ですか……。それで、はるばる王都から……、馬車でとはいえ、さぞ大変でしょう」
「いやいや、村で私を待つ患者たちのことを思えば、苦労なんて一つもないさ」
 ライラック医師はそう答えると、首から提げていた聴診器をトランクにしまい、バチンと留め金をはめて立ち上がる。どうやら診察はもう終わっていたようだ。
「安静にしていれば、じきに良くなりますよ」
 医師はそう言い残し、ヤマトの頭の上にあるのと同じ赤い麦わら帽を被って、次の家へと出かけていった。
「旅人さん? なにもお構いできませんが、どうぞゆっくりしていってくださいね」
 そう言って快くヤマトの宿泊を認めるセナの母親の顔色は、ヤマトの目にはどうしても病人のそれには見えず、やはり村ぐるみで自分を騙そうとしているのではないかと、そう勘ぐらざるをえなかった。
 ヤマトは家の最も奥まった場所にある一室を借り、そこに旅荷物を置いて、セナの指示通りにいくつかの力仕事を手伝った。といっても、それは薪(まき)の備蓄を倉庫へしまったり、家具をあちらからこちらへ移動させたりといった程度のもので、それらの作業は正午を待たずして終わってしまう。
「それじゃ、僕は村を見て回ってくるけど、いいかな。本当にもう仕事はない?」
「はい、とても助かりました。……お昼は食べていかれないのですか? ご用意できますが」
「うーん、例のオムライスの店に行ってみるよ。でも夕食はぜひ、ごちそうになりたいな」
「分かりました。夕食は旅人さんのぶんも用意しておきますね。この辺りは陽が暮れるとすっかり真っ暗になってしまいますから、それまでには帰ってきてください」
 ヤマトはセナの母親にも挨拶をして出ていこうかと考えたが、わずかに開いていた扉のすき間から、ベッドに横になっているはずのその女性が机に向かいなにやら書き物をしているのを目の当たりにして、結局は声をかけずに出ていくことにした。
 代わり映えのしない家々を眺めながら足の赴くままに道を歩いていくと、朝方に通った広場へと行き着いた。
 もともと入る気もなかったのだが、件の店は相変わらず看板一つ出していない。ヤマトは民家にしか見えないその建物をひとしきり眺めた後、懐から携行食の乾パンを取り出して口に運んだ。王都で安くまとめ買いした携行食のストックも、残り少なくなってきた。

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