医学者はそのことを彼らに忠告し、王都へと帰った。そして病院勤めをしながら研究を続け、ついにその原因となる感染性因子と、発症に至るメカニズムを解明した。気付けば何年もの月日が流れていたが、それは時間と労力を費やすに足る大発見だった。
 しかし王都病院で派閥争いをしている他の者たちからすると、そんな医学者の存在は邪魔でしかなかった。医学者が満を持して発表した論文は歪曲して捉えられ、『人間の安全な食べ方を研究する狂った医学者』のレッテルを貼られたその医学者は、病院を追われ……こうしてまた旅に出ることにしたというわけだ。
 もちろん、私なりに精一杯抵抗はしたがね。けれど根本的に地位の基盤作りが足りていなかったんだな。私がどんなにその研究の倫理的正しさを説明しても、彼らは聞く耳を持たなかった」
「それは……『足音がうるさい旅人』の話と、少し似ていますね」
「失礼?」
 たとえとして挙げられた聞いたこともない話の題名に、医師は訊き返す。
「『足音がうるさい旅人』の話です。
 ……昔々、国中を歩いて旅する旅人がいました。旅人がとある村に入ると、村人の一人から『足音がうるさい』と注意されてしまいます。旅人は確かに頑丈なブーツを履いて旅をしていましたが、そんなことを注意されたのは初めてでした。旅人はなるべく音を立てないよう心がけて歩くようになりました。
 それからいくつかの村を経て訪れたとある村で、旅人は今度は『料理の食べ方が汚い』と注意されてしまいます。旅人は確かにその村で伝統的に使われている食器の持ち方に慣れておらず、不格好な食べ方をしていましたが、今までに訪れた村の中にだって、独特な食器や作法を有する村はいくつもありました。でもそこでは特に注意されることはありませんでした。旅人はなるべく一人で食事をとるようになりました。
 さてそれからさらにいくつかの村を経て訪れたとある村で、旅人は今度は『目障りだ』と注意されてしまいます。旅人は確かにその村の住人たちが着ているような独特な服を着ていませんでしたが、そんなことは旅人なのですから当たり前です。旅人は早々に村を出ていきました……」
「…………、その村の服を着れば、よかったのではないかな」
 ヤマトの話す物語がそこで終わりであることを確認してから、医師は至極真っ当な意見を述べた。