「じゃあ、あの子に伝言だけ、お願いします。……『村の案内をありがとう。クッキーもおいしかった。もしこの先お金に困ることがあったら、あのクッキーを袋に詰めてリボンで封をして、みやげ物らしい商品名をつけて旅人相手にたくさん売るといい。名前は……そうだな、【正直村に行ってきました。】なんてのはどうだろう。そういう名前がみやげ物の定番なんだって、以前訪れた村で聞いたことがある。袋に大きくその商品名を書いておくといい。たぶん、売れる』」
「……それだけ?」
 女の番兵が短く訊ねた。
「それだけです」
 ヤマトは答えると、日の出頃にはあの大沼にたどり着いていなければならないという事実に気がついて、潔く身をひるがえし、村を背に歩きだした。
 一度だけ振り返ると、男の番兵がライラック医師の脇を抱えて、どこかへ運び出そうとしているところだった。女の番兵は相変わらず煙草をふかしながら、せっせと仕事をする男の番兵を他人事みたいに眺めている。そうだ、女の番兵が火を貸してやれば、彼だって煙草を吸えたじゃないか、とヤマトはぼんやりと考えた。
 正直村。

         §

 ヤマトの危惧は杞憂(きゆう)に終わり、夜明けを待たずして湿地帯にたどり着くことができた。
 野営用の道具を諸々(もろもろ)セナの家に置いていくはめになったのだから、この大沼だけは確実に越えておかなければならない。
 試しに大沼の岸辺へ近付いてみたが、暗がりの中ではあのときに見た光の道を水面に認めることはできなかった。やはり特定の時間にしか、この大沼を渡ることはできないのだ。
 することもなく、ヤマトは分かれ道の真ん中にある切り株の上に立ってみた。かつてセナが立っていた、大きな切り株。その上に立つと、大沼を一望に収めることができた。セナは毎朝なにを考えながらここに立ち続けたのだろう? ヤマトはなんとはなしにそんなことを考える。
 いや、今考えるべきはそんなことだろうか。もっと他に考えるべきことがあるのでは?
 ――たとえば、これからのことについて。
 しかしまあ、一度王都へ戻り、旅支度を調え直すしかないだろう。なにも王都まで戻らずとも、道中の村で最低限の物資は調達できるだろうが、失った野営道具やナイフなどは、先のことを考えて確かなものを手に入れておきたい。