「ああ。その子はこいつがうそつき村から来てるんじゃないかと疑い、毎日早朝に、大沼の前の分かれ道に立ち続けた。もちろん俺は止めたんだが、あんまり強引なこともできねぇ。さっきも言ったが、嫌われてんだよな、俺たち番兵は。というか、奴らは村の人間しか信用しちゃいねぇ。村の外から来た人間なんて、全員うそつきに違いないくらいに思ってやがる。バカなんだよ。おまえらが信じてるライラック医師だって、村の外から来てる人間だっていうのによ。
 ……まあでも、あの子は聡明だった。この村にやってくる者は、基本的には必ずあの分かれ道を通る。村の奥側は崖になってるからさ。まああの高い高い崖を登ってくるとか、道を隔てている森――『三角森(さんかくもり)』に住んでるとかなら、分かれ道を通らずにこの村にたどり着けるけどな。どちらも現実的じゃない」
 男の番兵は先ほど放り捨てた煙草をライラック医師の胸の上から拾うと、それを二つ折りにして地面に簡単な地図を書いた。逆三角形の森がその地図の中心で、左には『正直村』、下には『大沼』と書かれている。
「だが『うそつき村の側からなら』、三角森を突っ切ってここまでたどり着くことができる。あの分かれ道を通らずにな」
 彼は逆三角形の右に『うそつき村』と書くと、ちょうど生徒に問題の解き方を教える教師みたいに、二つの村を隔てる逆三角形をまっすぐに横断する線を引いてみせた。
「……なるほど。それで、僕に頼みたいことというのは?」
 訊ねながらも、ヤマトは半ばその内容を察していた。
「簡単なことさ。あんたに人殺しの汚名を被ってほしいんだ。旅人が金目当てでみんなの大好きなライラック医師を殺した。そういうことにする。あんたは今すぐ村を出てってくれさえすりゃいい。なんなら本当に、こいつの持ってる金を持っていってもいい。俺たちはそれらをいっさい問題視しない。この村の奴らは村を出たりしねぇから、悪いうわさも広がらない。なにも問題ないだろ?」
「それは命令ですか?」
 ヤマトは、ボロボロになった煙草を再度放り捨てつつ気楽に言う男の番兵を牽制するように鋭く訊ねたが、答えたのは女の番兵だった。
「命令じゃないわ。でも、自分の置かれている状況を、よく考えてみることね」
 女の番兵は煙草の煙を口からフッと吐き出しながら、何気ないことのように言った。
「僕の置かれている状況?」