べつに手紙で『私が本物のライラック医師で、あんたらの村に毎月来てる奴は偽者だ』と教えてやってもいい。だがこれは相手からしてみれば、どちらの言っていることが正しいのかなんてことは、分かりゃせんだろう? どちらが本物かなんてことは? それに文面から察するに、その偽者ライラック医師は、住人からの評判がわりと良いらしいんだ。困ったもんだよ。あるいは本物である私の立場のほうが、ずっと危ういのかもしれんなんてね。
 だから旅人さん、正直村に行ったら……その偽者ライラック医師がどんな人物なのか、村人たちに訊ねてみてはくれないかな」

         §

 ずいぶんと長居をしてしまったな、とヤマトは思った。酒を飲んでいるうちに、不思議と馴染みの酒場のことを思い出し、うとうとと船を漕いでしまったのだ。
 ヤマトは店を出て、風に吹かれるようにしてセナの家へ帰ろうとする。
 しかし夜明けにはまだ早く、相変わらず光源に乏しい街並みと心地の良い酔いが合わさって、彼はあっけなく道に迷ってしまう。
「ああしまった、広場へ引き返して、あの店で朝を待とうかな」
 そう言ってヤマトが道を引き返そうとしたとき、彼は運悪く水溜まりに足を突っ込んでしまう。しんと静まり返った月明かりの夜に、ばしゃ、と小気味良い音が鳴る。ばしゃ、ばしゃ。ヤマトはその音を確認するみたいに、無意味に足を踏み鳴らす。
 でもなぜこんなところに水溜まりがあるのだろう? 雨なんていつ降った?
 ヤマトはようやく不思議に思い、跳ねた水をハンカチでぬぐった。
 すると驚いたことに、濡れた衣服を撫でたハンカチは、赤黒い血の色に染まっていた。
 彼の足元に広がっていたのは、――赤い血溜まりだったのだ。
「……どうやら、ふざけている場合じゃないみたいだ」
 ヤマトは大きく息を吸い込み、心を落ち着けた後で、身を屈めて血溜まりに目を凝らした。多量の血の跡は、まるで大きな絵筆で塗りたくったかのごとく道の先へと続いていた。
 ヤマトは血の跡をたどり、広場とは逆方向に進んでいく。その道しるべは、村の外れにある検問所近くまで続いていた。
 ……一人の男が、地面に仰向けになって倒れている。誰の目にも――といっても、その場にはヤマトしか、それを見る者はいないのだが――その男が血の流出元であることは明らかだった。
「どうされました。大丈夫ですか?」