気がつくと、テーブル席の客たちは大声で話すのをやめていて、そのうちの一人が、先ほどの言い争いを総評するみたいにぽつりと呟いた。
「お袋さんが死んで悲しいのは分かるけどよ、他人のせいにしちゃいけねぇよ。ましてや、うそをついて医者先生をうそつき呼ばわりするなんてな。こりゃあ許せることじゃあねぇなぁ」
 テーブル席の男たちは、誰もがその意見に同調する。
「ではみなさんは、そのライラックという医師は、毎月はるばる王都からやってきていると……そうお考えなんですね?」
 水を差すようなヤマトの問いを受け、店内に深い沈黙が降りた。少しの間を置いて、店主が変わらぬ落ち着いた口調で答える。
「そうだ。先生は王都からはるばるお見えになっている。だから多大な労力と旅費がかかる。だから高い診察料をとらざるをえない。……それ以外になにがある?」
 問い返され、ヤマトは短く「なるほど」と、無表情ながらまた納得したかのように頷いた。

         §

「旅人さん、私はね、今じゃ王都の大病院で医者なんぞやっとるが、若いころは野良の医学者でね。それも放浪の医学者で、主に辺境の村を旅して、風土病――その土地特有の病気であったり、反対に、その土地でよく効くとされている薬なんかを研究していたんだ。ま、ついでに病人の診察をして路銀を稼いでいたから、『出張診察の旅』と言えなくもないんだが。
 そのころに、私は正直村とうそつき村を訪れた。うわさに聞く彼らの正直ぶりとうそつきぶりは、なにかの病気なのではないかと……そう考えたわけだ。
 結論から言えば、それは半分正解で、半分はハズレだった。まあその話は今は省くがね。ここでするような話でもない。ま、きみも実際に村へ行ってみれば、分かるのかもしれん。
 それでね、旅人さん。正直村へ行ったら……『ライラック』という名前の医師について、村の住人たちに訊ねてみてほしいんだ。
 いや、ライラックというのは、私のことなんだがね。あの村にはどうやら、私の偽者がやってきて、毎月回診をしているそうなんだ。最近それを知って……まあ驚いたよ。十数年ぶりに村を訪れようと思って手紙を出したら、『いつもありがとうございます』なんて返事がきたもんだからね。