ヤマトは納得したかのように小さく頷きさえしてみせたが、その脳裏には『オオカミ少年』の物語が思い浮かんでいた。当然、それは狼に育てられた少年の話ではなく、「狼が来た!」と繰り返しうそをついた羊飼いの少年の話だ。
「注文は」店主は代わりのビールをジョッキに注ぎながらヤマトに訊ねる。
「オムライス……なんてものは、出してないんでしょうね?」
「出してないね」
店主はヤマトの言葉を冗談と受け取り、そっけなく答えた。
それもそのはず、店内はどう見ても酒場そのものだ。出しているのはいくつかの種類のビールと、あとはちょっとした乾物のみ。
ヤマトはやれやれと息をついてビールを注文する。テーブル席の客は騒々しく歓談し、カウンターの端席に座る男はその釣り合いをとるみたいに静かに酒を飲んでいる。どの村の酒場でも見られる光景だ。
「おい、あんた」
と、ちょうど目が合って、寡黙なはずの端の席の男が声をかけてきた。
「あんた、旅人なのか?」
「ええ、まあ」
「どこかおすすめの街はあるか? まあべつに、村でもいいが。とにかくなんていうか……」
「どこか良いところ、ですか?」ヤマトは苦笑しつつ言った。
「そうだ。どこか良いところだ」端の席の男は残り少なくなっていたビールを飲み干す。
「それは、観光するのに適した街や村、ということでしょうか」
「いいや、移住するのにだよ。ここじゃおれは、異端者扱いだからな」
「異端者……と、いうと?」
「『うそつき』ってことさ。みんなそう言ってる」
「そうなんですか」
自嘲気味に話す男の言葉を聞きながら、ヤマトは店主が無言で差し出してきた厚手の陶器製ジョッキを口元へと運ぶ。
「……ちょうど一年前のことだ。おれのお袋が病気にかかった。医者に診てもらったら、『安静にしていればじきに良くなる』って話だった。おれはそれを信じた。だが、お袋は死んだ」
「その『医者』というのはもしかして……今日――もうすぐ『昨日』ですが――王都から回診に来たっていう、ライラック医師のことですか?」
「その通り。今頃は村長の家で大宴会さ。毎度そうなんだ。一晩中騒いで、夜も明けないうちにさっさと出ていく。逃げるみたいにな。つーか、どうせそんな時間まで村にいるならよ、一泊してもう一日診察していけよって話だろ。本当に医者なら?」
「注文は」店主は代わりのビールをジョッキに注ぎながらヤマトに訊ねる。
「オムライス……なんてものは、出してないんでしょうね?」
「出してないね」
店主はヤマトの言葉を冗談と受け取り、そっけなく答えた。
それもそのはず、店内はどう見ても酒場そのものだ。出しているのはいくつかの種類のビールと、あとはちょっとした乾物のみ。
ヤマトはやれやれと息をついてビールを注文する。テーブル席の客は騒々しく歓談し、カウンターの端席に座る男はその釣り合いをとるみたいに静かに酒を飲んでいる。どの村の酒場でも見られる光景だ。
「おい、あんた」
と、ちょうど目が合って、寡黙なはずの端の席の男が声をかけてきた。
「あんた、旅人なのか?」
「ええ、まあ」
「どこかおすすめの街はあるか? まあべつに、村でもいいが。とにかくなんていうか……」
「どこか良いところ、ですか?」ヤマトは苦笑しつつ言った。
「そうだ。どこか良いところだ」端の席の男は残り少なくなっていたビールを飲み干す。
「それは、観光するのに適した街や村、ということでしょうか」
「いいや、移住するのにだよ。ここじゃおれは、異端者扱いだからな」
「異端者……と、いうと?」
「『うそつき』ってことさ。みんなそう言ってる」
「そうなんですか」
自嘲気味に話す男の言葉を聞きながら、ヤマトは店主が無言で差し出してきた厚手の陶器製ジョッキを口元へと運ぶ。
「……ちょうど一年前のことだ。おれのお袋が病気にかかった。医者に診てもらったら、『安静にしていればじきに良くなる』って話だった。おれはそれを信じた。だが、お袋は死んだ」
「その『医者』というのはもしかして……今日――もうすぐ『昨日』ですが――王都から回診に来たっていう、ライラック医師のことですか?」
「その通り。今頃は村長の家で大宴会さ。毎度そうなんだ。一晩中騒いで、夜も明けないうちにさっさと出ていく。逃げるみたいにな。つーか、どうせそんな時間まで村にいるならよ、一泊してもう一日診察していけよって話だろ。本当に医者なら?」