いったいこれまで、どれだけの村人が崖で命を落としたのだろう?
 ……そういえば、あの赤い麦わら帽を被ってくるのを忘れてしまった。ヤマトはそのことに気付いて悠長に頭へ手をやる。わざわざ戻る気にもなれなかった。
 ヤマトの足はすでに広場までたどり着いてしまっていた。特にそこを目指して歩いていたわけではないのだが、比較的大きな通りを歩いていると、自然と広場へと行き着くようだ。あるいは、広場への道が自然と他よりも大きな道となったのだろう。
 人通りの乏しい夜半にも、広場には開いている店が一つだけあった。
 それはセナが「村一番の料理屋」と評したあの店だ。
 やはり看板一つ出ていないが、店内から漏れる温かみのある灯りと陽気な話し声で、ヤマトはようやくそこが開店中の飲食店であると信じることができた。
 しかしなにしろこんな時間だから、身内のみの集まりということも考えられる。やけに重く感じる店のドアを、それでもヤマトはゆっくりと開けた。
「らっしゃい。……あんた、見ない顔だな」
 大柄な男店主がやや警戒を交えた声で言う。よそ者なのに、なぜあの帽子を被っていないんだ? と、そう言っているようにも見える。
「ええ、旅人です」
「帽子をもらわなかったか? 検問所で」
「帽子?」とヤマトが訊き返すと、店主は「はっ、番兵の怠(なま)けぶりにも困ったもんだ……」とどこか諦観(ていかん)したように呟いた。そして客に出そうとしていたはずのジョッキをくっと豪快にあおってみせる。
「そうだそうだ。だいたいさ、あんなにしっかりした柵があるっていうのに、村に狼が出るなんてのがおかしいんだ。門だよ。番兵の奴らが、夜にちゃんと門を封鎖していないのさ。だから狼が入ってくる」
 テーブル席の酔客がそう大きな声で愚痴を言う。
 入店を拒んでいるというふうではなかったので、ヤマトは丁重にドアを閉め、落ち着かない様子で店内を見回すことで、自分は純真無垢な旅人であるというささやかな主張を試みた。
 木製の不揃いなテーブル三つと、黒い漆の塗られた高級そうなカウンターテーブル。ヤマトはカウンターの真ん中の席を選び、店主と正対した。やけにイスの背が高い。
「狼、そんなに頻繁に出るんですか」とヤマトが店主に訊ねる。
「みたいだな。見たわけじゃないが、見たって言ってる奴がいるから、まあ出るんだろう」
「なるほど」