身体は申し分なく疲れている。しかし意識が遠のきかけると、自分が眠るベッドの脇にあの親子が立ち、嘲るような口調で、「……くすくす、おかしい。旅人さんはもうすっかり、ここを正直村だと信じているみたい」と言って笑う――そんな夢にも似たイメージが浮かんで、どうにも眠れなかったのだ。
夜風にでもあたろうかと思い、ヤマトが部屋を出たとき、ちょうど廊下にはセナが立っていた。
「旅人さん? どうかされましたか?」
「いや、寝つけないから、少し散歩でもしようかと思っただけだよ。……それは?」
「ちょっとしたお菓子を作ったのですが……いかがですか?」
「おいしそうだね。散歩しながら食べさせてもらうよ」
ヤマトはセナが持つ盆の上からまだら模様の焼き菓子が盛られた皿を受け取ると、それを袋に移し替えた。独特な香りのする焼き菓子だった。
「あ、旅人さん。夜中はまれに、森から入り込んだ狼がうろついていることがあるんです。なので、念のために用心棒を……ちょっと、待っていてくださいね」
用心棒などと言うから、この家では番犬でも飼っているのだろうかとヤマトは考えたが、セナは台所から文字通りの長い棒を持ってきた。それはかまどの火を調節するときに使う木の棒で、先のほうが黒く焼け焦げていた。
「ありがとう、でも大丈夫。これでも旅人だからね、武器はたくさん持っているよ。検問所の番兵さんには内緒だけれど、わりといくつも持ち込んでるんだ」
そう言ってヤマトは懐に隠し持っていた折り畳み式のナイフを取り出す。
「ナイフで狼と戦えるのですか?」
「戦える戦える。スパーンと投げてグサーだから」
ヤマトはおどけたような身振りを交えてそう答えたが、セナはすっかり信じた様子で、「旅人さんはお強いのですね。……失礼しました。でもそんなに強いのでしたら、それこそ用心棒も務まりそうです」
「かまどの火はつつけないけど」
ヤマトはそう冗談を言い、セナに見送られて外へ出た。
人家から漏れる灯りはどれも頼りなく、昼間にセナが言っていた通りの暗闇が辺りを覆っていたが、頃合い良く雲間から顔を出した月が、おぼろげにヤマトの行く先を照らしていた。
ヤマトは袋の中の焼き菓子を一つつまんでかじる。まろやかな風味が口の中いっぱいに広がった。
なるほど、これが黒頭白鷺の卵の味なのだな。とヤマトは直感的に理解した。
夜風にでもあたろうかと思い、ヤマトが部屋を出たとき、ちょうど廊下にはセナが立っていた。
「旅人さん? どうかされましたか?」
「いや、寝つけないから、少し散歩でもしようかと思っただけだよ。……それは?」
「ちょっとしたお菓子を作ったのですが……いかがですか?」
「おいしそうだね。散歩しながら食べさせてもらうよ」
ヤマトはセナが持つ盆の上からまだら模様の焼き菓子が盛られた皿を受け取ると、それを袋に移し替えた。独特な香りのする焼き菓子だった。
「あ、旅人さん。夜中はまれに、森から入り込んだ狼がうろついていることがあるんです。なので、念のために用心棒を……ちょっと、待っていてくださいね」
用心棒などと言うから、この家では番犬でも飼っているのだろうかとヤマトは考えたが、セナは台所から文字通りの長い棒を持ってきた。それはかまどの火を調節するときに使う木の棒で、先のほうが黒く焼け焦げていた。
「ありがとう、でも大丈夫。これでも旅人だからね、武器はたくさん持っているよ。検問所の番兵さんには内緒だけれど、わりといくつも持ち込んでるんだ」
そう言ってヤマトは懐に隠し持っていた折り畳み式のナイフを取り出す。
「ナイフで狼と戦えるのですか?」
「戦える戦える。スパーンと投げてグサーだから」
ヤマトはおどけたような身振りを交えてそう答えたが、セナはすっかり信じた様子で、「旅人さんはお強いのですね。……失礼しました。でもそんなに強いのでしたら、それこそ用心棒も務まりそうです」
「かまどの火はつつけないけど」
ヤマトはそう冗談を言い、セナに見送られて外へ出た。
人家から漏れる灯りはどれも頼りなく、昼間にセナが言っていた通りの暗闇が辺りを覆っていたが、頃合い良く雲間から顔を出した月が、おぼろげにヤマトの行く先を照らしていた。
ヤマトは袋の中の焼き菓子を一つつまんでかじる。まろやかな風味が口の中いっぱいに広がった。
なるほど、これが黒頭白鷺の卵の味なのだな。とヤマトは直感的に理解した。