悪夢に閉じ込められている?
 その言葉が広瀬の口から出たとき、臆病なオレの頭に浮かんだのがモンスターやゾンビの襲来だった。
 教室から出たら恐ろしいものに襲われるかもしれない。動かない担任や生徒たちもオレたちを襲ってきたらどうしよう。武器もなくどうやって戦えばいいのだろう。
 そんな抗いもなくオレはきっと一番に食い殺されるモブキャラに違いない。
 大志が広瀬に発言の意味を問い詰めている。
 オレも一緒になって広瀬が説明してくれる事を期待していた。オレたちがなぜこんなことに巻き込まれたのかオレは知りたい。
 広瀬は口元を震わせて躊躇っている。
 知っている事があるなら早く言えよ、広瀬。
 言わないのはオレたちへの当て付けか。
 特にオレは広瀬にとって憎らしい存在でもあるだろう。あの事件が起こったとき、オレは一部始終を見ていながら真実を語らなかったんだから。
 オレは一方でヤキモキし、もう一方で後ろめたさを感じながら広瀬を見ていた。
「あのさ、ちょっと待ってくれないか」
 広瀬が口を開いた。
「何が待てだ。さっさと言えよ」
 大志の脅した言い方は今にも飛び掛りそうだ。広瀬もまたそんな言い方されて素直に答える雰囲気じゃなかった。
 上手く説明できないのか、それとも悪い知らせだから言いにくいのか、オレもまた聞きたいような聞きたくないような、何が飛び出すのか恐れてしまう。
 そんな中、何を血迷ったのか、広瀬は理夢の腕を突然取った。
 咄嗟のことに抗えなかった理夢は広瀬に強引に引っ張られ教室の外に連れて行かれた。
「おい、広瀬!」
 大志が叫び、オレも「ええ!?」とびっくりした。
 いきなりの行動にオレたちは面食らってしまう。
「ちょっと、広瀬! 理夢をどうするつもりなの」
 和泉も驚いて呼び捨てにして叫んでいる。
 ミーシャがすぐふたりの後を追いかけたが、ドアの付近で急に立ち止まった。そして振り返り真っ青になっていた。
「どこにもいない……」
 和泉もドアから顔を出し、左右確認した。
「隣のクラスに隠れたとか?」
 和泉が一歩足を踏み出そうとしたとき、ミーシャは止めた。
「ふたりが隣のクラスに入ったなら、すぐに顔を出した私はその瞬間を見る事ができたはず。だけど普通逃げようとするとき、隣のクラスになんて入らず、もっと遠くへ走ると思う」
 ミーシャが考え込んでいる姿をオレは見ていた。ミーシャは感じたままにさらに話し続ける。
「でも出て行った後、左右を見てもすでにふたりがいなかった。まるでここを飛び出した直後ふたりが消えたみたいだった」
「ちょっと待って、ここを出たら消えちゃうってこと? じゃあ、どこへ行っちゃうの?」
 和泉が訊いた。
「そんなの私に訊いてもわかるわけないじゃない。ふたりがどこへ消えたのか、私たちが同じようにここを飛び出さないことには調べようがないわ。優等生ならそんなの考えたらわかるでしょ」
 ミーシャはまたドアから廊下を覗き出した。
「そんな言い方しなくても。ミーシャこそ落ち着けば? 理夢が心配だから感情的になってるんだろうけどさ、こんな不測の事態に私もどう対処していいかわかんないよ」
 和泉も参っている。
「弱気になって和泉らしくないな。私たちを引っ張るくらいしっかりしてよ」
 ミーシャは振り返り、和泉に薄く笑いかける。
 ふたりは仲のいい友達ではないけども、ミーシャと対等に付き合えるのは和泉しかいないし、ミーシャも無意識のうちに和泉に頼っているんじゃないだろうか。
 少なくともオレにはそう見えた。
 オレはちらりと大志に視線を向ける。大志が側にいるだけで圧迫感を感じた。
 オレは大志と一緒にいるといつも息苦しい。自分の個性が潰されて我慢を強いられてしまう。オレたちの間には対等という関係はなかった。
 大志は腕を組み、「うーん」と唸っている。
「なあ、思うんだけどさ、他のクラスの奴らは一体どうなってんだろう。俺たちのクラスと同じように動かなくなってんだろうか」
 大志の疑問に、オレたちも思い出したようにハッとした。今まで自分たちのクラスのことばかりしか考えてなくて、他のクラスがどのようになっているなんて気にする余裕もなかった。
「もしかしたら、オレたちと同じように動ける奴らがいるのかな、へへへ」
 オレも疑問を口にしてみた。その時俺は情けなくヘラヘラしていた。
 自分が話しているとき、いつも別の自分が側で見ている気分になる。
『何へらへらして気弱に喋ってんだよ。もっと堂々としろよ、コーセー』
 苛立つ本心を持ちながら表面は無様な姿になってへつらう。それがオレだった。
 自分でもバカじゃないかと思っていても、大志のような強いものが側にいると本能でバカを演じるお調子者になってしまう。
 オレがヘラヘラしていると、ミーシャが呆れた眼差しを向けていた。きっとオレの頼りない姿が気に入らなかったんだろう。
 時が止まり、友達が消えた。不安と心配なのにヘラヘラできる神経を疑って当たり前だ。
「だったらさ、確かめに行こうよ」
 ミーシャは簡単に言うけど、オレはこの教室から一歩踏み出すのが怖かった。この教室で動かない者たちと一緒にいるのも怖いから、どこに逃げていいのかわからない。
 逃げる――。オレは自分の安全が一番大事だった。自分を守ることしか考えてない。

 子供の頃、学校の友達と戦隊ごっこをしたとき、オレは常に赤色のリーダー役になりたかった。
 正義のヒーローの中でも一番の主役。一番目立ってかっこいい。
 仲間に助けられながら勇気を出して悪に立ち向かう。いつも仲間の中心にいるような人気者で重要な役。
「オレ、赤のヒーローになる」
 手をさっと挙げ、一番に声を上げた。だけど、一度もその役はやらせてもらえなかった。
「コーセーには無理だろ」
 みんなは笑い飛ばし、全く本気にしない。
「へへへ、なんてね」
 挙げた手を頭の後ろに持ってきて、ヘラヘラ笑いながらわざとらしく撫で付けた。
 オレはいつも誰かの腰巾着みたいでへこへこ後ろをついていく。
 側にいる奴はオレを子分みたいに扱い、オレはそれに従ってしまう。
 嫌な事を言われても、言い返すことはしない。争い事は極力さけて逆らわない姿を見せる。
 嫌われてひとりにされるのが怖いからだ。
 例え自分が拒否されても笑って誤魔化し、へつらって媚を売って仲間にしがみつく。その相手が強ければ強いほど自ら奴隷になっていくのだ。
 赤の役が決まり、次々配役が決まっていく。何かいい役がもらえるかもと多少期待するけど、オレは青でもなく緑でもない。他の金、銀、そして黒でもなかった。
 オレよりも意見を言えるものは好きに役を取り合って、重なってしまえばじゃんけんできめた。
 でもオレはそんな資格すら与えられず、勝手に押し付けられた。
 敵役の周りにいる兵士がいつもオレの役だった。
 どうでもいい存在だ。でも仲間に加わって一緒に遊べるだけでもいいことなんだと思っていた。
 嫌なことでも調子に乗ってバカを演じていると
「コーセーはいい奴だよな」
「コーセーって面白いよな」
 と耳にして自分が話題に上ったことで有頂天になってしまう。
 こんなオレを嫌う奴はいないはずだった。クラスでも目立つグループに入れてもらえて、リーダー的な存在の側に常に立って権力のおすそ分けもあった。
「コーセーは田原(たはら)君と仲がいいんだね」
 そういわれると、特別に思える半面、そんなことを喜んでいいのかわからなかった。
 田原は小学六年のとき同じクラスになった。
 稀に見る大物の不良だった。
 みんなが怖がりオレと同じにヘコヘコせざるを得なかった。
 気弱なオレのどこが気に入ったのかわからなかったけど、当事は田原の側にいた事があった。
 最初は自分もクラスの中心人物のひとりになれた気がしていた。
 そうなると嫌われてはいけないと思うようになって、田原の顔色ばかり窺って言われるままに操られていく。
 田原にとって気に入らない奴をオレも一緒に嫌ったふりをして虐めたりなんてよくあることだった。
 そうしなければ、自分は捨てられて虐められてしまう。それを避けるためにも強いもののお気に入りになってヘコヘコへつらう。
 虎の威を借る狐。
 このことわざを国語の時間に習った時、まるで自分みたいだと思った。
 強いもの力に頼って威張る小者。なんてかっこ悪いんだろう。僕は正義感のヒーローになりたいのに。
「なんでコーセーみたいなのが、あんな奴と仲いいの」
「コーセーの奴、調子に乗りやがって」
 強いものに虐められた奴らから、そのような言葉も耳に入る事があった。
 自分がひとりのときは普通にそいつらと話すのに、田原が側にいると態度を百八十度ひっくり返す。
 だけど結局そいつらも面と向かってオレには強く言えず、不満をためながら陰で悪口いうしかなかった。
 そいつらも調子がいい連中で、自分よりも弱い立場の人間を見下してからかっていた。
 中にはいい奴もいた。周りに動じない落ち着いたタイプ。セントバナードの犬のようにどしっと構えて一目置かれるような奴だ。
 他人と張り合わずに常に優しい男らしさを子供心ながら感じたものだった。オレもそういう友達が欲しかった。
 中学に上がった時、落ち着いた友達を求めつつも、気がついたら自分は誰かの子分になっていた。
 自分を見失ってはいけないと思いつつ、実際は流されて仲間と一緒になって悪ぶった態度を取ってしまう。
 その時、同じグループに広瀬がいた。
 広瀬は絵を描くのが上手くて、小学生の時コンクールで何かの賞を貰ったことがあった。
 それから少し話題になって調子に乗り、人気のあった漫画を器用にパロディに描いていたらしいが、あの当事は目立つものがあればすぐに人が集まって騒ぎ出す。でも広瀬は人気者になりきれずすぐに飽きられていたように思えた。
 クラスで目立っていた条野(じょうの)がそれを知っていたのかは知らないけど、絵を描くのが上手い広瀬をもてはやし漫画を描かせていた。
 広瀬も女の子からもてる条野に仲良くされて舞い上がり、親友気分に浸っているように見えた。
 オレは広瀬のことは嫌いではなかったが、決して仲がいい友達ともいいきれなかった。
 同じ立場として調子を合わせていただけだった。
 広瀬もまた操られる側だったから、オレたちの間には目立った差がなくて当たり障りのない付き合いをしていたように思う。
 でも広瀬を見ていて危なっかしいと思ったのは、自分の姿が重なってその虚しさに気がついていたからだろう。
 あの事件の発端も条野がきっかけだった。広瀬は条野をすっかり信じきって特別仲がいい友達と思いこんでいたに違いない。
 親友同士なら深く突っ込んだ話だってできるし、人に聞かれたらまずい話もふたりの間だけのことなら許されるものがある。
 広瀬が不運だったのは、条野が広瀬を友達と思ってなくて面白半分で付き合っていたということだ。
 条野は人当たりがいい。特に友達づきあいになれてない者を惹きつけるのが上手かった。
 そういう奴ほど内心何を考えているかわからないというのに。広瀬は条野に利用された犠牲者だった。
 オレは調子を合わせても相手を信用しない。子分扱いするような人間と心底仲良くなれるもんじゃない。友達関係は対等であってこそ成り立つものだ。
 オレはただクラスの海で安全航海して自分を守っていた。誰もがクラスで過ごせる自分の居場所を無理して作り、そこにしがみついて一学年を無事に過ごす事を考えるはずだ。
 ひとりにならないように、いじめられないように、時には好きじゃないことをあたかも気に入っていると嘘をついて自分を演じることもあるだろう。
 心の中ではこんなの自分じゃないと思うのに、口から出る言葉は心とちぐはぐしてしまうこともしょっちゅうだ。
 オレは卑怯でずるい。それが情けなくて惨めでたまらない。

「確かめるってどうやるのよ。クラスから出たらどこへ行くのかわからないんだよ」
 和泉がオレの代弁をするようにミーシャに言った。
「だからといって、いつまでもここにいても何の解決にもならないじゃないの。何か行動を起こさないことには手がかりすら見つけられない」
 怖いもの知らずのミーシャ。女の子なのに勇気がある。
「だったらさ、コーセー、お前が見て来いよ」
 無責任に大志が提案する。なんでオレなんだよ。お前がいけよ。
「ええ、オレっすか? いや、参ったな。もしゾンビに出会ったらどうすんだよーん?」
「何、冗談いってんだよ。そんなのいるわけないじゃないか。こんな時までコーセーは茶化すんだから、性質が悪いぜ。この野郎、お仕置きだ」
 大志の拳がオレに向かってくる。俺が頭を覆って肩を竦めた。正直これもパフォーマンスだ。実際のところ、こっちが殴りたい。
「こんなときにふざけあうな。馬鹿馬鹿しいとわかってるくせに」
 ミーシャの冷たい視線にオレはまた虚しくなった。
「もう、どうして男子って真剣に捉えないの。もしかして怖いからわざとそうやって誤魔化してるの?」
 和泉の的を射た言葉にオレ以上に大志がむきになった。
「おお、だったら俺らがみてきてやるよ。いこうぜコーセー」
 どうしてここでオレを巻き込むのか。行くんだったらお前ひとりで見てこいよ。
「ここはさ、オレが一緒にいかなくても大志ひとりでいいんじゃないか」
 オレはちらっと大志の様子を窺った。大志は俺の言葉に一瞬気を害して眉をひそめ、すぐさま鼻で笑う。
「そうだな、だったらやっぱりコーセー、お前がひとりで見て来い」
 自分で行くって言い出したくせに、大志は無理やりオレをドアへと押した。オレが素直に従わず逆らった仕返しのつもりだ。
「大志、ちょっと待ってよ」
 ドアの向こうは廊下が左右に広がるだけだ。いつもと変わらない学校の風景。それなのにオレは震え上がる。
「ちょっと待ちな」
 無理にオレを押しこんでいた大志をミーシャが跳ね除けた。そして突然オレの手を取って握った。
「えっ?」
 心臓が跳ね上がって驚くオレ。
「まずは試してみよう。こうやって手を握ったまま、廊下に一度出てみて。もしそこで消えたのなら、私がすぐに引っ張るから」
 ミーシャの顔をまじかで見れば、虹彩が明るいブラウンで透明感があった。肌の質もきめ細かくてしっとりとしている。きつい女だと思っていたのに、手を握られたその衝撃にオレはドキドキしていた。
「わかった」
 女の子に手を握られて急に勇気が湧いてくる。オレはミーシャを見てぐっと構えると、ミーシャが微笑んだ。
「大丈夫。この手は絶対離さないから」
 体が熱くカァとすると同時に血液の動きが活発になる。息を整え、足を一歩廊下側へ踏み出した。体は半分廊下に出たが、何も起こらなかった。
「あっ、大丈夫みたい」
 もう一歩の足を廊下に出してもそれは変わらなかった。
「でもどうして広瀬と理夢は消えたんだろう」
 オレの手をまだしっかり握りながらミーシャは首を傾げる。
「この調子だったら、廊下に出ても大丈夫かも」
 左右に広がる廊下は見慣れた空間だ。廊下の窓の向こうもいつも見る外の景色がそのままにある。オレはまた一歩教室から足を遠ざけた。
 手を繋いでいたミーシャがオレに引っ張られて体を半分乗り出した。
「手を離しても大丈夫な気がする」
 オレはミーシャに言った。
「そう、じゃあ離すよ」
 名残惜しかったけど、ずっと繋いでもいられない。
 ミーシャの手がオレから離れた時だった。ミーシャがパッと消えた。
「なんで?」
 急いで教室に戻ろうとすれば、そこは自分の教室なのに机が並んでいるだけで誰もいない。
「大志! 和泉! ミーシャ!」
 呼んでも誰も答えてくれない。
「そんな嘘だろ、誰か、いないのか!」
 静かな廊下でオレの虚しい声が響く。その時、廊下の端で黒いスーツを着た人が立っているのが見えた。
 大人の男性のようだ。顔の部分が赤い。何かのお面を被っているようだ。
「あの、もしかして先生ですか?」
 じっと動かずオレを見ている様子は不気味に見えた。そしてゆっくりとこっちに近づいて来たかと思ったらオレ目掛けて突進してきた。
「一之瀬光星! オオー!」
 オレの名前を叫び、奇声を上げて走って来る。
「うぎゃ!」
 オレは悲鳴をあげ逃げた。きっと襲われて殺されるんだ。パニックに陥っていた時、また名前を呼ばれた。
「コーセー。大丈夫?」
 ミーシャの声だ。
 半泣きの状態で振り返れば、教室の前でミーシャが立ってオレを見ていた。追いかけてきた赤いお面の男は疾うに消えていた。
「ミーシャー!」
 恥も外聞もなく俺は涙と鼻水を出したまま彼女に走り寄った。
「ちょっと、何泣いてるのよ。ひとりがそんなに怖かったの?」
「さっき赤いお面を被った黒尽くめの男がオレを捕まえようと追いかけてきて、殺されるかと思った」
「ええ、どこにいるの、そんな男?」
 ミーシャはキョロキョロしていた。
「本当にいたんだって。信じてよ」
「分かったって。ほら、男のくせに泣くんじゃない。ハンカチ渡してやりたいけど、鼻水たらしてるから、それを拭かれるのが汚くて嫌だからやめとくね」
 ミーシャらしい言葉にオレはほっとする。自分の手で涙と鼻を拭っていると、ミーシャは露骨にいやな顔をした。
「だけどさ、コーセーが無事でよかった。手を離した瞬間、あっと言う間に消えてさ、本当に驚いた」
「教室から体が離れると消えちゃうのか」
「そうみたいだね」
「えっ、ということは、ミーシャはオレの後を追ってきてくれたの? なんで?」
「コーセーが怖がっていると思ってさ」
 その通りだから来てくれて本当に嬉しかった。
「広瀬は理夢といるだろ。私がコーセーとペアを組んで、和泉が大志とペアを組めばちょうどいいじゃん」
「オレと組んで嫌じゃないの?」
「大志よりよほどましだと思ってるから安心しな。コーセーも大志とペアになるより、私とペアになった方がいいだろ。それとも和泉の方がよかったか?」
「ミーシャが一番いい」
「おいおい、調子いい事いってくれるね」
 嘘ではなかった。ミーシャのさっぱりした性格にオレは安らぎを得ている。
 きつい事を言われても不快にならないのは、ミーシャのいい部分を知ったからだ。
 ミーシャは自分を隠すことなく自然体で付き合おうとしている。オレのように媚を売ることもなく、へつらうこともなく、嫌われても全然気にしないで自由にのびのびとしていた。
 危険を顧みずオレの後を追いかけてきたミーシャ。感謝の気持ちでいっぱいだった。
 もしこれが反対の立場だったらオレはミーシャを助けになんて来なかった。そう思うとミーシャがどれほど勇気ある行動を取ったのか計り知れない。
「さてと、これから広瀬と理夢を探さないとな」
「うん」
 涙と鼻水はすっかり乾き、オレはミーシャと廊下を歩き出す。先ほどの赤い仮面の男がいないか警戒しながらオレたちは階段を下りて一階に向かった。
 全てが見覚えあるというのに、何かが違う。
 自分がいるべき空間じゃないというのだけはなんとなく理解していた。