「あそこに飾られているドリームキャッチャーだけどさ、あれいつからあそこにあった?」
 ドリームキャッチャー?
 和泉が教室の後ろを指差したとき、みんなの視線がそこに行った。あれは確か竹本(たけもと)比呂美(ひろみ)が飾ったものじゃなかっただろうか。
「私、同じようなのを見たことある」
 理夢が言った。
 その時私ははっとした。

 たまたま忘れ物を取りに教室に戻った放課後、教室の後ろで壁に向かって椅子の上に立っていた比呂美の後姿を見たことがあった。
「何してるの?」
 私が急に声を掛けたからびっくりして比呂美は椅子から転げ落ちそうになっていた。
 慌てて降りて振り返り、眼鏡のブリッジを押し上げ私を見た。
「なんだ、ミーシャか。びっくりさせないでよ」
「比呂美こそそこで何してるの?」
 近寄ってみればそこにはドリームキャッチャーが飾ってあった。
 もともとその後ろの壁は学校の行事や図書室からのお知らせがあったり、クラスのプリントが貼られたり、生徒が好きに使っていい掲示板みたいな役割があった。
 いつもごちゃごちゃしているから気にして見てなかったけど、比呂美がそこに居た事でドリームキャッチャーは今飾られたばかりに違いない。
「なんかこの一角に霊感を感じて、それで調べてたんだ」
「霊感?」
 比呂美は自称霊能者らしい。
 誰もいないのに誰かがそこにいるとか、守護霊が見えるとか、霊的な話をする。
 最初は面白がってみんな興味を持つけど、比呂美という人物がわかってくると段々と敬遠していくようになる。
 霊的な話を人にするのは、注目を集めたいや、人をコントロールしたいと思うような人間だ。
 いわゆる霊感商法みたいに、人の弱みに付け込んで高額商品を売り込む感じ。
 比呂美はそういう騒ぎを起こす虚言癖があって、霊を盾に話を大げさにして目立とうとする。
 はっきりと言うこの私ですら彼女の個性の強さで弾かれ、独りよがりの彼女は私以上にクラスで煙たがられていた。
 でも私は比呂美のことは嫌いじゃなかった。
 変わった個性と思えば、こんな人もいていいんじゃないかと思う。
 ひとりが嫌いだからと言ってそれに合わせるように仲間はずれをするような人たちがクラスにいるけど、私はそんな風には流されないから比呂美もそれを分かっているようだ。
 私もまた癖があるから比呂美にすれば私が変な奴に見えるのかもしれないけど、話が分かるとでも思ってこの時真剣な眼差しになっていた。
 飾られているドリームキャッチャーが比呂美の頭上にあるのをちらりと見て、私は様子を窺う。
「あのね、理夢が変なこと訊いてきたんだけど、この学校で自殺した生徒はいないかって。私、霊感が強いから調べてほしかったみたい」
「何それ、自殺した生徒? この学校にいるの?」
 私は素っ頓狂な声をあげてびっくりした。
「まだはっきりした感覚はないんだけど、この学校には何か不思議な力が宿っていると思う。霊がいてもおかしくない」
 また例の虚言癖が始まったのだろうか。
 自信に溢れて自ら信じきっている様子だ。私は呆れてしまう。
「あれじゃないの? 学校の怪談。都市伝説みたいに生徒の噂話が広がって、あたかもそれが本当のことであったかのようにみんなが信じてしまうホラ話。比呂美は思い込み激しいから、嘘でも本当だと自分で信じてしまう傾向があるでしょ」
「私がこんな事言えば嘘くさいよね。でもこの話を最初にしてきたのは理夢だよ。理夢はこの学校で自殺があったんじゃないかって思ってる様子だった」
「理夢はなんでそんな事を思ったんだろう」
 理夢らしくないと思い、私は首を傾げた。
「だから、理夢も見たんだよ」
「何を?」
「幽霊を、よ」
「まさか」
 そんなの信じられない。
「じゃあ、なんで自殺した生徒がいるなんて訊くと思う?」
「そんなのわかんないよ……」
 口ごもってしまった私に、比呂美はニタリと笑っていた。
 今までこの学校から死人が出た話なんて噂でも聞いた事がない。
 古い学校ではあるけど、ネットでこの学校の事を検索しても悪い噂は見つからない。
 でもそれはどこかで先生たちが必死にもみ消して、警察沙汰にならないようにしている可能性もあるかもしれない。昨年の広瀬の事件がそうだった。
 あれは一歩間違えば広瀬は死んでいたかもしれなかった。それが怪我だけで済んだのは奇跡だった。
 でも広瀬にとってはどっちの結果であれ、最悪にはかわりないだろうけど。私は広瀬の気持ちがよくわかるから結構同情した方だ。
 広瀬が悪いから仕方ないという風潮があったせいであの事件は自業自得の事故ということで終わった。広瀬はそれ以来生きる屍みたいになってしまったけど――。
 自殺がもしあったとして真相がわからないまま闇に葬られていたら、幽霊になって学校で彷徨ってる可能だって……いや、やっぱりそれはないだろう。
 私は幽霊なんて信じない。もしいるのなら堂々と私の前に出てきてくれてもいいはずだ。私は自分の死んだ父に会いたいのだから。
「ミーシャ、ひとつ質問していいかな?」
 とりとめもなくいろいろと思い巡らしていると比呂美が私に話しかけた。彼女に視線を向け頷く。
「ミーシャが廊下を歩いていて、すれ違いざまにみんなから笑われたらその原因は何だと思う? 次から選んで」
 一体何の話をしているのだろう。急に話題が変わって戸惑っている間に比呂美は四つの例を出した。

1 仮面、もしくは被り物をつけていたから

2 鼻の下に鼻毛を落書きされていたから

3 実は自分の後ろにいた人が笑われていた

4 制服に大きな穴が開いていたから

 それが架空のことであれ、こういう質問をされて何かを選ぶのは苦手だ。遊びなのについ真剣に選んでしまうし、比呂美のペースにはまるのもいやだった。
「さあ、答えて」
 仕方ないと私はどれでもいいかと適当に選ぼうとしたけど、結局色々と考えていた。
 仮面や被り物は、自分は被るわけないし、鼻毛はなんか露骨でいやだし、後ろの人が笑われていたって人のせいにするのもいやだし、そうしたら最後の制服に穴が開いていたしか残らない。
「じゃあ、四番の制服に穴。で、それが一体どうしたの?」
「穴は心の喪失感を表しているから、ミーシャは過去に大切な人を失ったとか、悲しい思いで胸が押し潰されそうになったことあったんじゃない?」
「えっ、別にそんな」
 つい誤魔化してしまったけど、それは当たっていたから驚いた。
「そういう人は穴を想像しやすいんだって。ミーシャの心には穴があいてるね。何かが欠けてる感じがするんだ」
「もうやめてよ。比呂美はいつもそんな話をして気を引こうとするんだから」
 これが比呂美のよくある手だ。
 一般的なことだから誰にでも当てはまったように聞こえるんだろう。
 私は父を亡くしていたけど、考えようによってはペットの死だって当てはまる。
 テストの点が悪かったり、失恋したりとか、悲しい事柄は誰にでも何かあるはずだ。
 だから比呂美が次に何をいうのか私は構えてしまった。
「でもミーシャ、穴が開いたままだと何かに取り憑かれるかもよ。幽霊とかね」
「いい加減にしろ。そうやって人を不安にさせて何がしたいの」
「実はさ、今、魔よけグッズを売ってるの」
 そう言って、鞄から巾着袋を出して中身をロッカーの棚の上に出した。
 手作りのお守りや自作のマスコット人形が多数出てきた。それをひとつ百円で売ろうとしている。
 かわいいものではあるけど、欲しいかといえば自分の趣味じゃないから使い道に困りそうだ。
「それで誰かに売ったの?」
「まだひとつも売れてない。だからここに張り紙貼って宣伝してるの」
 ドリームキャッチャーの下に自作の広告が貼ってあった。
「あっそうだ、こんなのもあるんだけど」
 そういって鞄からコンパクトミラーを出してきた。百均で買ったものをデコレーションして作り直している。
「あっ、かわいい」
 それは素直にそう思った。
「でしょ。レジン使って宝石みたいにキラキラする感じにしてみたの」
「で、それはいくらで売るの?」
「一万円!」
「えっ、高い」
「なんて、嘘。これね、結構上手く出来たから自分で使おうと思ってるんだ」
「それ、本当にセンスいい。だから二百円くらいなら私払ってもいいよ」
「えっ、二百円? ちょっとそれは、材料費のこと考えたら安すぎるかも。時間もかかってるし労力に値段があってない」
 不満たらたらと頬を膨らませていた。
「だけど、比呂美は器用だね。このドリームキャッチャーもさ、こんな変なものよく作るよね」
 褒めていたつもりだったのだが、私の言い方はやっぱりいい感じに聞こえなくて比呂美は「はぁ?」と呆れた顔を見せた。
 何か言い返そうと口が動きかけた時、教室の入り口から声がした。
「おい、お前ら何してんだ。下校時間とっくに過ぎてるぞ。さっさと帰れ」
 担任のおしょうが教室に入ってきた。丸刈りにした頭、白髪交じりに一、二ミリくらい生えてるけど真ん中は地肌に近い。それが住職みたいでおしょうと言う名にピッタリだ。
 昔はふさふさだったらしいが、そんなことも想像できないくらい侘しい頭だ。
 でも中身は若者のままとかと言って、自分を若く見せたいと必死だ。
 でも私は好きだった。おしょうは本当に生徒の立場になって心を寄り添ってくれる先生だと思う。
「あっ、そうだ、そういえば先生ってさ、地元がここでこの中学出身とか言ってなかった?」
 比呂美が聞いた。
「ああ、そうだけど。それがどうした」
「そしたらさ、この学校で自殺した生徒っていなかった?」
「えっ、自殺? 一体何を言い出すかと思えば。おいおい、そんなことあるわけないだろ」
 先生は困ったような、驚いたような顔をしていた。
「本当に? なんか隠してない?」
 比呂美は問い詰める。
「そんなことは絶対ない。馬鹿な事を言ってないで、さっさと帰りなさい。この教室を閉めないと私が家に帰れないだろうが」
「はーい。じゃあ、帰ります」
 比呂美は使っていた椅子を元通りにして鞄を持って教室から出て行った。
 私も自分の机の中に置いてあった文庫本を持って教室を出ようとすると、おしょうが声をかけてきた。
「河合、あれから上手く行ってるのか?」
「あっ、はい。なんとか」
「そっか、もしまた嫌な事があったら必ず言うんだぞ」
「は、はい」
 急に恥ずかしくなって私は逃げるように教室から出て行った。
 本当は先生の気遣いが嬉しかったけど、素直にそれを表現するのが照れくさかった。
 私の家庭は複雑だ。
 おしょうは私が虐待を受けていると気づいて助けてくれたのだ。
 父が死んだのは私が小学四年生の頃だった。急に倒れてそのまま帰らぬ人となってしまった。
 その当事は計り知れないほど悲しかったけど、ずっと習ってきたバレエを一生懸命することで気を紛らわしていた。
 父も天国で応援してくれていると思って一番上手くなろうと頑張っていた。
 素質があるとも言われて私も将来はバレリーナになるなんて夢を見ていた。
 それが悲しみを乗り越える心の支えにもなっていた。
 体を動かして一心不乱に踊ってると、父がいななくても何とかなると思えるようになっていった。
 このまま母とずっとふたりで力を合わせて生きていくと思っていたのに、そのうち母に恋人が現れ、気がついたら再婚して私に新しい父親ができていた。
 知らない男の人が私の新しい父親だと言われてもピンとこず、はっきりいって私は気に入らなかった。
 働き者だった父とは違って、定職にもつかずに酒ばかり飲んでいる姿を見ていると鬱陶しくてたまらない。
 大したことをしてないのに、私の前では立派な父親面して偉そうなことばかり言う。
 私はその父親に懐かないで生意気な口をきいてばかりだったから、我慢の限界だった継父は私にビンタを食らわした。
 大きな手で耳をバシッと叩かれ、その拍子に転んで頭を強く打ってしまった。
 目立った傷もなく命に別状はなかったけども、それ以来めまいがしたり、ふらついたり、吐き気を催す事が多くなった。
 それがきっかけでバランス感覚を重んじるバレエを続ける事ができなくなった。
 母は世間体を気にして継父の暴力のことは黙っていた。
 バレエをやめるときも、私が飽きたからということになった。本当はずっと踊っていたかった。夢を奪われた私は益々反抗期になって継父に悪態をついた。
 そんな私を見ると継父はいつも腹を立て、何かあるごとによく叩かれた。母は見て見ぬフリだった。
 母にも腹を立てたけど、実際は母もその継父が怖かったのだと思う。母もどうしていいかわからず、継父に口答えができずにいた。
 家庭の事情は誰にも言えず、心だけは荒んでいく。
 反抗精神がどんどん膨らみ、性格が歪んで思った事をストレートにいう癖がついてしまった。
 それが嫌われると分かっていても、そういわないと気がすまない。
 中一のときはかなり尖って攻撃的だった。友達なんていらないと思ったくらいだった。
 でも中二なって理夢が私の側に来たときは驚いた。いきなり私の事を「ミーシャ」と呼んだ。
 漢字では実紗と書いてミサだけど、自分でもすんなりと受け入れてしまった。
 そんな呼び方をされて慣れ慣れしい子なのかと思っていたら、それとは正反対でおどおどとしていた。
 怖がっているのに、無理をして私に話しかけて仲良くしようとする。
 それが不思議な感じがして理夢とは仲良くするようになった。
 そして担任もそうだった。
 どこでそんな風に思ったのかはわからないけど、私が家庭で何かの問題を抱えていると見抜いて声をかけてきた。
 嘘をついて否定したけども、おしょうはうやむやにはしなかった。
 自分を気にしてくれる人たちがいたことで、その後、私自身に変化がでてきた。
 おしょうは家庭訪問で母に虐待はないかと単刀直入に問い質した。
 おしょうの教師の勘は鋭どかった。母は面と向かっていわれることで泣き崩れて全てを白状した。
 先生が児童相談所に連絡をするというと母はやめてほしいと懇願し、話し合いの末、私は亡くなった父方の祖父母のところで暮らすことになった。
 継父から離れると私の気持ちが楽になっていった。毒舌は変わらないけど、それは私の個性だから自分の心のままに正直になることにした。
 人に何を思われてもいいし、嫌われてもいいと思うのはすべてのことから解放された気分で気持ちいい。
 母のように世間体を気にしすぎて、臭いものに蓋をするような生き方は嫌だ。自分に正直でありたい。
「それでいいと思うよ」
 理夢はそう言ってくれた。
 理夢もまた辛い事があったけど、助けてくれる友達に出会ったお陰で乗り越えられたらしい。
 今度は自分の番だなんてはにかんで言っていた。
 本当はまだ人付き合いになれなくて苦手なんだろうけど、理夢の信念が勇気を起こさせているようだ。
 その理夢が今、記憶をなくしてわけの分からないこの世界でふたりも存在してしまった。これは一体どういうことなのだろうか。
 まるで理夢の体からもうひとりの理夢が抜けて出てきて分離しているみたいだ。仮死状態になって魂だけが彷徨ってしまう、あれ、なんていったっけ、えっと、あっ、幽体離脱だ。
 まさかこのまま理夢の体が元に戻らなかったら、理夢は死んじゃうってことは……。
 急に怖くなってしまう。
 そんな馬鹿なことがあるわけない。でもこのままの状態がいいわけでもない。何としてでも助けないと。
 理夢はこの学校で自殺者がいると思って比呂美の霊感をあてにして訊いていた。
 比呂美の霊感なんて嘘なのに、そこまでして自殺者の事を調べたかったのはなぜなのだろう。
 比呂美といえばあれからクラスで自分の作った魔よけグッズを売ろうとして、霊媒師のように振舞っていた。
 クラスで押し売りのようなことをしていたら嫌われるに決まってる。
 私も見て見ぬフリできずに注意した。
「比呂美、いい加減にしな。そういうのはネットで出品したらどうだ」
「とっくにしてる」
 私の方が言葉につまった。
 比呂美はクラスの目立つグループの女子からつまはじきにあって、益々孤立していった。
 無視されるくらいならまだましだったけど、教科書を隠されたり、机に誹謗中傷の言葉か書かれたりして虐めに発展していく。
 そして今日、比呂美の鞄についていた手作りのマスコット人形が引きちぎられて無残にもばらばらにされて机の上に置かれていた。
 比呂美もつい必死になって我を忘れて売りつけてしまったけど、こんな野蛮に壊す事をしていいことにはならない。
「これはやりすぎだろ」
 思わずそれを見た私は、クラスで固まっていた女子のグループを見て言った。
「ちょっと私たちじゃないわよ。そっちこそ証拠もなく決め付けないでよね。どうせ本人が自作自演でやったんでしょ。幽霊のせいとかなんとかにしてさ」
 久保田(くぼた)美佐(みさ)だ。漢字は違うけど下の名前は私と同じ読み方だ。
 気がきつくて対抗心を持って自分が常に上の立場じゃないと気がすまないようなタイプだった。ひとことでいうなら意地悪が歩いているって感じだ。こんなことするのは美佐しかありえない。
 私が言い返そうとしたとき、比呂美は私の腕を取って首を横にした。
「私が悪いの」
「それもそうなんだけどさ……」
 私もそこは正直に言ってしまう。比呂美もはっとしていた。
「だけど、人の物を壊すのはもっと悪い」
 続けていうと、比呂美はしおらしくなって「もういいんだ」と呟いた。
 自分がしたことの責任が返ってきたと思ったのかもしれない。
 六時間目が始まるチャイムが鳴った時、席に戻れば机の上に比呂美が作ったコンパクトミラーがメモ用紙と一緒に置かれていた。
『これミーシャにあげる。魔よけの鏡として使って』
 私が庇ったことへのお礼のつもりだろうか。だけど、私はそれを素直に受け取る。それを机に置いて授業を受けた。
 授業が終われば比呂美にお礼を言うつもりでいたけど、まさか時が止まってみんなが動かなくなるなんて思いもしなかった。

 教室の後ろの壁に飾られていたドリームキャッチャーを見た事があると理夢が言い出したことで、比呂美もまた関係しているのではないかと私は思った。
「あのドリームキャッチャーは比呂美が飾ったんだと思う」
 私の言葉に和泉と広瀬がすぐ反応した。
「比呂美が?」
 和泉はその時、誰も座っていない席を見て驚いた顔をした。
「あの席は比呂美の席だよね。今日、彼女学校に来てたよね」
 和泉は私を見つめた。
 その通りだ。比呂美はちゃんと学校に来ていた。でも席には比呂美がいない。どういうことだろう。
「まさか比呂美が消えた?」
「消えたというより、授業始まる前からあの席空いてたように思うんだけど」
 コーセーが言った。
 そういえば、コンパクトミラーがおいてあったから、すぐ振り返ったけどまだ比呂美は席についてなかった。
 先生が入ってきて授業が始まったから、お礼は後でいいかと思ったんだった。
「お前らが、昼休み竹本の持ちもん壊したから、ショックで帰ったんじゃないのか?」
 大志が言った。
「壊したのは私たちじゃないわよ。ミーシャはあの時、比呂美のこと庇ってたわ」
 和泉は大志を睨むと、大志は首をすくめていた。
 比呂美はどこに行ってしまったのだろう。授業をサボっただけなのか、それともこの異常な出来事にかかわって本当に消えてしまったのか。
「私、比呂美を探してくる」
 教室を出ようとした私を広瀬が止めた。
「待てよ。この状態でひとり教室を出るのは危ないよ」
「何、臆病な事を言ってるんだ。学校の中だぜ。大丈夫に決まってるだろ」
 大志は呆れていた。
「何言ってるんだよ。この世界が安全だなんて保障はないじゃないか。悪夢の中に僕たちは閉じ込められているんだぞ」
「悪夢の中に閉じ込められている? どういうことだよ、広瀬。お前、何か知っているのか?」
 大志の言葉と同じ思いを抱きながら、みんなが一斉に広瀬に注目した。