コーセーとミーシャが僕たちを探しに来てくれ、偶然にもお互い何者かに追いかけられていたところかち合った。
 コーセーとミーシャという組み合わせは意外な感じがしたけども、保健室に逃げ込んでからふたりの息が妙に合っているように見え、少なくともコーセーはミーシャに好意をもっているように思えた。
 このふたりにショーアの事を聞かれ、僕はどのように説明しようか戸惑った。
 追いかけられる直前にショーアが言った言葉は衝撃的でとても信じられたものじゃない。
『それは、ボクがすでに死んでるからなんだ。僕は自殺したんだ』
 もっと深くそのことについて聞きたかったけど、そこにさらなる衝撃の邪魔が入ったからそれどころじゃなくなった。
 ショーアはあれを『死神』と言ったのは、自分が連れて行かれると思ってのことだ。
『時が止まり、元の世界に戻れないのなら、死んでいるのと同じこと。ここは天国への迎えが来るのを待つ場所でもあり、元の場所へ戻るためのプラットホームでもある。どっちかに転ぶ空間にボクたちはいるのかも』
 この世界をそんな風に位置づけていた。
 最初は天国への迎えと言っていたけど、ショーアは殺人鬼を見て自分が地獄へ落ちてしまうと恐れたんだと思う。そして僕たちと一緒に逃げた。
 この時になって本当の死を恐れたに違いない。
 そんな彼のことを幽霊だとはっきりといっていいものか僕は迷っていた。
「ボクは、ここにはひとりで来たんだ。その、ボクは、じさ……」
 ショーアが言いかけたとき、僕は咄嗟に誤魔化した。
 なぜ僕はそれほどまでしてショーアを庇ったのかわからない。
 ショーアが自殺するほどの理由を考えたとき、それは僕が味わった絶望よりももっと深く辛いものだったにちがいない。
 そういう感情が僕に流れ込むと、僕はせめてその気持ちを取り除いてやりたいと思った。
 あの殺人鬼が本当に死神だったとして、死んでまで恐怖に慄くショーアがとても気の毒すぎてたまらなかった。
「とにかく、ショーアさん。何も気にせず僕たちと一緒にいよう」
「広瀬君……」
 僕たちはすでに友達だ。
 理由はなんであれ、僕たちが出会った事を大切にしたい。
 そこに何か意味があるのでは、いやあってほしいと願いながら僕はショーアを見ていた。
 コーセーは訝しげな顔をして僕たちを見ていたけど、問い詰めるほど気にしなかった。
 それよりも目の前に現れた大人たちの事を分析し、それらが心の恐れが実体化したと言い出す。
「それじゃあのスクリームの殺人鬼は僕の恐れなのか?」
 思わず口からでたけど、あれが自分の恐れだとは思わなかったからいまいち実感が湧かなかった。
 そしたらコーセーは急に真顔になって僕と向き合う。
 僕が窓から落ちたとき、黙っていたことを謝られた。
 そこで再び条野の名前が出たとき、僕は体に力が入る。
 コーセーが真実を言わなかったことよりも、条野のずるさや、田原の暴力に怒りがぶり返す。
 条野や田原はサイコパスなんだと思う。話も通じないそんな異常者に狙われたらどうしようもない。僕がコーセーの立場なら、怖がって同じ事をしていたかもしれない。
 ミーシャの強がりも家庭内の事情から来ていると知って、僕は腑に落ちた。
 ミーシャのことをバカにしてたけど、その裏にある原因を知ったときわだかまりがすっと消えていく。ミーシャも辛かったんだ。
 やりたい放題の強さの前では確かに、どうしようもないと屈服するか、負けを認めたくなくて反抗するかに分かれる。
 大概は前者になってしまうだろう。そういう僕も屈服していじけてしまった。
「でも、それでもコーセー君やミーシャさんは本当に強いと思うよ。どちらにもなれなかったものもいるから」
 ショーアが口を挟んだ言葉は僕にはすっと頭に入る。どちらにもなれなかったものは自ら命を絶った自分の事を言ってるのだ。
「そうだよ、あの時はみんな田原が怖かったんだよ。あいつは頭がおかしいくらいの不良だから、先生すら恐れた。僕だって被害に遭っておきながら正直に言えなかった」
 僕が慌てて言うと、ショーアは僕を見ていた。
 そこからおしょうの話になった。ショーアに言っても学年が違うと知らないみたいだった。
 僕のあの事件で、全然関係ないよそのクラスの担任が僕の肩を持ってくれた。それがおしょうだ。
 最初から田原が悪いと決めつけ、原因となった僕が描いた漫画を見せろとクラスの担任につめよったと聞いた。
 それは始末したと担任は言い張ったため、直接入院している僕に内容を聞きに来た。
「正直に話してほしい。これは一歩間違っていたら広瀬は死んでいたんだ。そんな事故、いや事件をうやむやにするのはよくない」
 おしょうは事件と言い切った。僕のために学校の組織と戦おうとしてくれた。
 それなのに僕は何も言わなかった。あんなにも僕を信用して僕を助けようとしてくれたのに、僕はおしょうを頼れなかった。
 それよりも放っておいてほしいと突き放した。おしょうには悪い事をしたと今になって思う。
「君たちに好かれていていい先生みたいだね。ボクもそういう先生が側に居てくれていたら……」
 ショーアもおしょうが側にいたら自殺なんてしなかったかもしれない、といいたかったのだろう。
 僕もおしょうが全面的に僕の味方になってくれた事は、絶望の中でも一筋の光をみた気になった。
 おしょうが担任になって家庭訪問に来たとき、おしょうは頭を下げたと母が言っていた。
「学校は一方的に息子さんの身勝手な事故だと決め付けてしまいました。要因は確かにあったかもしれません。しかし息子さんだけが悪いとは言えないと私は思っています。私がもっと早くに気がついて現場に訪れていれば……本当に申し訳ございません」
 当事担任でもなかったおしょうが防げることではなかったのは母も承知だ。だけどおしょうになら僕を安心して任せられるといっていた。
 それまでは母もあの事件から不安になり、心を閉ざした僕が自棄にならないかと心配していた。
「この世界から抜け出したら、おしょうを紹介するよ。おしょうならショーアさんが抱えている問題を解決してくれるよ」
 この世界にいるものは何か問題を抱えているからとコーセーは思っている。
 それはその通りだと思うが、ショーアの場合はちょっと違うから、いくら事情を知らないとはいえ、あまり調子よく言ってほしくなかった。
「そうだね。是非会ってみたい……」
 ショーアはコーセーに合わせて無理に笑顔を作って笑っていた。
 その隣で佐野が見守るようにショーアを見ていた。さっきから一言も話さないけど、ショーアの自殺にショックを受けていたのだろう。
 記憶がなくなった佐野にとったら、混乱と不安しかないはずだ。佐野もまた体と魂が離れ離れになって死の恐怖を実感しているかもしれない。
 ふと僕は思った。
 赤いお面の男はコーセーの恐れ、能面の女はミーシャの恐れ、そうしたらあの殺人鬼はショーアの恐れの実体化ではないだろうか。
 そしたら僕の恐れの実体化はなんだろう。
 僕が作り出したのは佐野だ。僕だけがはっきりと佐野をイメージしてしまった。
 だとしたら、僕は佐野の何を恐れて実体化させたんだ。
 でも僕が佐野を恐れているなんて考えられない。僕が恐れていることは佐野に嫌われる事だ。
 本当は、僕は佐野と仲良くなりたかったんだ。だから、側に居てほしいと願ってしまって、中途半端に佐野を巻き込んでしまった。
「だけどさ、これからどうする? あいつらをやっつけるにしたって、何をどうすればいいのかわからないよ」
 コーセーは腕を組んで一生懸命考えようとしている。いつも人任せでヘラヘラしているのに、この時のコーセーはいつもと違った。
 僕たちが考え込んで静かになっているとき、ドアがガタガタと音を立てた。
僕たちが振り返れば、すりガラスの部分にぼやけた人影が映っていた。その瞬間戦慄が走り、みんなが息を飲んだ。