……あんな高いところに仕掛けられている爆弾、解体するといったって、手が届くわけがない。
 空でも飛べなければ。

 そう――空でも、飛べなければ?

「可憐さん、飛べますよね? 魔女なんですから」
「当たり前のように言わないでよ」

 瞳子さんの安心したような顔と裏腹に、可憐さんの顔色は悪い。

「えっ、飛べないんですか? 魔女なのに?」
「飛べる、飛べるわよ。でも、今日は……乗り物を持ってきていないの」
「あっ、魔女だから……ホウキってことですか?」

 そういえばと気がついて、私は言った。
 考えてみれば、魔女にはホウキだ。どうして気づかなかったのだろう。

「なんだかんだ言っても、ホウキが一番ね」
「清掃用具が置いてあるような場所があればいいんですよね。周辺の関係者のちょっと待ってください。みなさんの思考を読みます――」

 瞳子さんは少しのあいだ、黙り込む。

「……うーん。掃除用具置き場は、すごく遠そうです。このライブ会場自体が仮設のもので、掃除用品置きが均等に配置されているわけでもなさそうですね。一か所に集められてしまっているみたいですが……走って取って戻ってきても、軽く十分はかかりそうな場所にありますね……爆発の時間に間に合いません」
「他のものでも、飛べなくはないけれど、そうね……自転車をイメージしてちょうだい。自転車に乗るならば、自分の体格に合った普通の自転車が一番。子ども用の三輪車や高度な技術の要る二輪車では、存分に走れないでしょう?」

 ふむ、なるほど、と言って瞳子さんはうなずいた。

「でも、走ることはできる――と、解釈していいんですかね」
「まあ、そういうこと。三輪車や二輪車のようなホウキ以外の乗り物に、二度乗るのはごめんと思っていたのだけれどね」

 可憐さんは髪を掻き上げる。

「飛びづらいのは承知しましたが、可憐さん、飛んでもらうしかありません!」
「ええ、わかっているわ……これもまた宿命ね。それで――今宵の私の乗り物は、いったいなににしましょうか?」
「ホウキ

「これ! これなんか、どうですか!」

 瞳子さんは興奮ぎみに――ご自分の手作りのサイリウムを、取り出した。
 それはそれは、巨大なサイリウムだ。ホウキくらいのサイズは軽くありそうな。

「私の特大サイリウム! これ! これで、飛んでください!」
「はああああっ?」

 可憐さんの大声に、慌ただしくライブを進行させている周りのひとたちが怪訝そうな顔をする。

「ちょっと、あなたたち、持ち場はどこですか?」

 明らかに関係者らしきひとに話しかけられてしまった。

「あ、いえ、その、持ち場は……ここでーす!」
「大丈夫なのよ、ええ、いま指示待ちというか、とにかく私たちここにいなくちゃならないの」
「そうですか……もうすぐクライマックスです。気を抜かないようにお願いしますよ!」」

 みんなそれぞれ忙しいのだろう、瞳子さんと可憐さんの即席の返答にも関係者のひとは納得して、ばたばたと自分の仕事をするため走り去っていった。

「可憐さんっ、どういうことですか。認識を歪ませる薬は効いているんですよね?」
「もちろんよ。認識を歪ませた結果ここにいるひとたちに私たちが関係者に見えているのなら、サボったりしていないか注意もするでしょうよ」
「っていうか、っていうか、いまみたいなこと二度あったら困りますから!」

 瞳子さんは、舞台裏の壁掛け時計をちらりと見る。

「あと、八分で――爆発しちゃうんですよ? そうしたら、アツシくんは、シャイニングのみんなは、一万人のファンのみんなはっ!」
「ああ、うるさいわね、言われなくたってわかってるわよ! 私だって――アツシくんが、ど、どうにかなるのは、……絶対に阻止したいに決まってるじゃないっ!」
「と、と、瞳子さん。か、か、可憐さん……」

 白熱しているふたりは、一斉にこちらを見た。
 一瞬、怯むけれど――でも、いまはおふたりに落ち着いてもらわなくちゃ!
 こんな話をしている暇はなくて……可憐さんに、どうにか飛んでもらわなきゃいけなくてっ……。

「お、お、落ち着いてくだ……くださいっ……あ、あ、アツシくんを、ま、ま、守りたいのは私たちみんな――いっしょじゃないですかっ!」

 おふたりは、一瞬きょとんとして――。

「……あははっ」

 可憐さんが急におかしそうに笑ったので、面食らった。