舞台裏にたどり着く。
 関係者限定の入り口では、警備のひとたちが目を光らせている。

 ステージでは、バラードが始まっている。曲調に合わせてだろうか、反射するライトの色はブルーやグリーンが目立ってきたけれど、やっぱり、アツシくんのレッドもしっかり存在しているのだった。
 みんな、ゆったりとした音楽に合わせてサイリウムを振っているのだろう。今年が終わることよりも、推しと過ごせる時間のリミットが刻一刻と迫っていることを惜しみながら――。

「さて、どうするんです?」
「薬品を使うわ」
「おおっ、魔女っぽい!」
「や、薬品って……どんな?」

 恐る恐る、私は尋ねる。

「認識を歪める薬よ。より正確には、自分たちに振りかけることによって、他者の認識を歪める――ということね」
「認識を……歪める?」
「いまの私たちは、警備員や関係者にとっては不審者でしょう。でもね、認識を歪める薬を使えば、あら不思議――私たちは『そこにいるのが自然な者』になるの」
「そこにいるのが、自然な者……」

 ただただ、可憐さんの言葉を反芻してしまう。

 可憐さんは魔女だ。
 だから、言葉通りの薬品をほんとうに作れるのだろうけれど……話の次元が違いすぎて、ちょっと、あっけにとられてしまった。

「ふむ……よさそうですね。ただ、薬品を作るとなると、だいぶ時間が必要ではありませんか?」
「任せておいて。この公園って、とても広いでしょう。その上、実はいろんな種類の植物が生えている。魔女の薬品作りに重宝するの――今日も持って帰ろうと思って、ひと通りの植物を頂戴してきたわ。大地の精霊に許可を得て、この公園の生態系と自然を壊さない程度にね……」

 可憐さんは、すっ……と懐からいくつもの植物を取り出した。

「すぐに作れるものですか――」

 瞳子さんの言葉は、すぐに途切れた。
 可憐さんが懐から魔法瓶を取り出して、植物をちぎって入れ、魔法瓶を振るという――手慣れた素早い手つきであっというまに薬品を調合してしまったからだ。
 ……とろりと、ピンク色の液体。

 おおっ、と瞳子さんは言って、ぱちぱちと拍手する。
 私も、ぱちぱちぱちと拍手して、思わず聞いてしまう。

「ど、どうやってやったんですか?」
「この魔法瓶のなかには、精霊の力がつねに溜まっているの。むかし、大自然の精霊たちにはお世話になってね……いまでも力を貸してもらっているのだわ。……振りかけるわよ」

 魔法瓶は香水瓶のような形をしている。
 可憐さんは、私たち三人にピンク色の液体を香水のように振りかけた。甘いハーブのような、いい香りがする。

「この香りをまとっていれば、大丈夫。行くわよ」

 大丈夫、大丈夫なんだろうけれど……どきどきする。
 でも、可憐さんは既につかつかと舞台裏の入り口に向かっているし、瞳子さんも躊躇なく向かうしで、私もワンテンポ遅れておふたりに倣うのだった。