フェスの熱狂を、円と例える。
 私たちは円周を駆け、舞台裏へ向かっていた。
 途中、屋台があったりテーブルがあったり、休憩しているひとがいたりしたけれど、少し走ると暗くて静かな公園の風景になった。ただ、もちろんライトや車がまんべんなく設置され、不審者がいないか警備員のひとたちが目を光らせて監視している。

 走りながら、瞳子さんは口を開いた。

「すみません。私が、テレポートを使えればよかったのですが」
「瞬間的な転移は簡単にできるものではないわよ。大自然の理を超えた領域だもの。私が出会ってきた者でも、時と空間の理を超える存在はそうそういなかったわ」
「そうですね、純粋素粒子的観点からしてもテレポートというのは莫大なエナジーを使います。テレポートを使えるひとが稀少なのは確かですね。……可憐さん、どうもテレポートの使い手のお知り合いがいるみたいじゃないですか。組織に紹介してもらえませんか? うち、人材不足なんですよ。ただ、魔女稼業は辞めてもらわないと、ですけど」
「だから、魔女というのは職業ではないのよ。宿命だと、さっきも言ったでしょう。あと、また勝手に思考を読み取ったわね?」
「可憐さんの指示に従ってやって来ましたが、どうするつもりなのかと思いまして。でも、いまの可憐さんの思考はテレポートを使えるお知り合いのことで占められていましたね。少しタイミングをミスってしまいました」

 おふたりは話をしながらなのに、息も上がらずすいすい走っていく。
 一方で、私といったら……ついていくのが精いっぱいだ。

「ところで、貴女。大丈夫? ずいぶん、苦しそうだけれど」
「す、す、すみません……」

 走るのがキツい。
 こんなに運動したのは、いつぶりだろう? 高校の体育以来? ……おそろしい。

「いえいえ、ついてきてくれるぶんには大丈夫です。無理をしないで――と、言いたい気持ちはあるのですが、まあこの状況ですので頑張って、としか言いようがありません。頑張ってください」
「走らなきゃいけないときって、あるのよね、人生……」
「ええ、ありますね。世界の秩序を搔き乱すさまざまな異分子を排除するときとか」
「世界を滅ぼそうとする魔獣を撃退するときとか」

 にやっ、と瞳子さんと可憐さんは意味ありげな笑いを交わした。

「……かっこいいですね……」

 私は思わず、そう漏らしていた。

「えっ? なによ、いきなり」
「なんか、お仕事をされている大人の女性だなあって感じで。私なんか、世界のことを考えるどころか大学に通うのに精いっぱいで……頭がいいわけでもなく友達もそんなにいなくて……やりたいことや目標もなくて……だから、特別なお仕事をされて輝いているおふたりのことが、羨ましいです」
「あははははっ」

 可憐さんが急に声を出して笑ったので、びっくりした。

「あ、いや、ごめんなさいね……そうかあ、私なんかでも、そんなふうに見えるのね」
「えっ? えっ?」
「ふふふ、そうですねえ。なんか、しみじみしちゃいますね。私はただただ組織の命に従って、淡々と仕事に取り組んでいるだけなのですが。……大丈夫ですよ。まふゆさんはまだお若いですし、これからいくらでもお仕事なんかできますよ」
「……そうでしょうか……」

 私は、こっそり唇を噛んだ。
 若いとか、これからとか。
 山ほど、言われている。そういう言葉は。

「……まふゆさんの正体を知らないから、まわりの方々は一般論ばっかり言うんじゃないですかね」
「そうよ。貴女、氷の精霊に愛されているのでしょう? さっきも言ったけど。ほんとに、それってものすごいことなんだから」
「まふゆさんの雪女としての力は、爆弾を処理するとき――絶対に、役立つはずです」

 不安だった。
 ここまで、頼られてしまっていいのだろうか。

「……頑張りたい、です」

 自分自身が、信じられないから。
 曖昧な、中身のない返事をするのに精いっぱいだった。

「もうすぐ、舞台裏の入り口に着きます」

 曲と曲の、合間の時間。
 いよいよ残すところはあと二曲と聞いて、ファンが惜しむ声を上げている。
 ステージでは、メンバーひとりひとりがしみじみと今日の感慨を語っている。
 もちろん、アツシくんも――。

「今日という日を迎えられたこと。ほんとに、夢みたいだ」

 顔が見えなくても、声だけで、はにかんだ惜しの眩しい笑顔がくっきりと浮かぶ。

 アツシくんを、守るため。守るためだ。頭ではわかっているけれど……。
 私は――もう一度、私の能力を使えるのだろうか。

 そばにある何もかもを凍らせてしまう、冷たくて、ひとを傷つけてしまうあの能力を。