爆発処理班や警察のひとに頼る。
 いいアイデアだと思ったのに、瞳子さんは微妙な顔をした。

「警察……は……たぶん、間に合わないんじゃないですかね……私も仕事上、彼らとは付き合いがあるのですが、今回はちょっと……」
「でも、爆弾なんて物騒な話、とりあえず通報しないと……」
「……いえ、それが。私も爆弾の存在に気がついたとき、周辺の人間の思考を読んでみたんです。爆弾を解体できるようなひとがいないかと……でも、結論はノーでした。いまから通報して、公園に来てもらって、そんな猶予はもうないんです。もし来ることができても――この状態で、一万人を避難させるのは無理です」
「じゃあ、どうすれば……」

 私はそう言ったけれど、実際問題、瞳子さんの言うことが正しいとわかった。
 クライマックスが刻一刻と近づくライブは、盛り上がってる。この熱狂のなか、避難指示を出しても……パニックになって、うまくいかないだろう。
 数時間、猶予があるならともかく。あと十三分だ、というのだから――。

「……いいなあ。私も、サイリウム振りたい」

 瞳子さんは、手作りのサイリウムを手にして小さく振る。

 いまアツシくんとシャイニングのみんなが歌っているのは、彼らの原点とも言えるデビュー曲。ハイテンポでノリノリな曲で、舞台のライトはレッドに染まることが多くて――マイクを握り私たちに手を振りながら、それはそれは一生懸命に楽しそうに歌うアツシくんを見ていると、胸が、きゅんとなった。

 ……アツシくんは、ハイテンポでノリノリな曲もなんなく歌いこなす。
 それはそれは一生懸命に、楽しそうに。
 アツシくん推しのみんなは、美しいレッドのサイリウムをきれいに動かす。

 けれど私は、サイリウムを振れたことがない。

「ちょっと、ちょっと、ちょっと。私だってサイリウムは振りたいわよ。けれど、いまはそれどころじゃないでしょう。とりあえず、爆弾とやらの状況を教えなさいよ。私と彼女はまだ、実物すら見ていないのだから」
「そうですね。ただ、まずは爆弾の場所にたどり着けるかどうか」
「どういうことよ?」
「爆弾がある、と私が気がついたのは……犯人の思考を読み取ったからに過ぎません。私も、まだ実物を見ていないのですよ。というのは場所が難しそうでしてね……どう辿りついたものか」
「爆弾は、どこに仕掛けられているの?」
「……犯人の思考によれば、ステージのど真ん中。アツシくんもシャイニングのみんなもファンも待ち望んでいた念願のこの日、アツシくんたちと過ごす最高の年越しの瞬間に、無事に年を越させず、バァン――だ、そうです」
「ひどい」

 私は思わずそう言っていた。
 だって、それって、それって……。

「……アツシくんたちを踏みにじる所業だわ」

 可憐さんは、歯を食いしばる。

 都会の中心にある大きな公園で開かれる、念願の年越しライブ。
 アツシくんはインタビューで言っていた。
 四季折々に見せてくれる自然が美しいこの公園は、アイドルとしての壁にぶち当たったりつらいことがあったときにやって来た、汗と涙の詰まった想い出の公園なのだと。

『無理なことなんて、なにもない』

 アツシくんの、名台詞。彼が言うから、重みがある。
 彼はほんとうにまっすぐで、強気で、自信家。太陽みたいに明るくて、周りをも明るくしてしまう。
 でも、そんなアツシくんにも――苦労の時代があったのだ。

 この公園でライブを開けるのは、かなりの人気を誇る大手だけだ。
 ここまで来るまでにアツシくんとシャイニングがどれだけの苦労をしてきたのか、どんな想いで今日の舞台に立っているのか、いちファンとして私は知っているから。

 アツシくんとシャイニングのみんなにとって、そしてファンの私たちにとって、念願のライブで彼らが爆弾で殺されるなんて――あってはならない。
 想像するだけで……涙が出そうになる。

「私もそう思います……これはアツシくんたちを踏みにじる所業で、絶対にあってはならないことだと。ですから、私たちはこれから悲しい運命を阻止する。しかし……ステージの真ん中に埋められた爆弾など、止める以前に、どう触りに行けばいいのか……」
「関係者のひとたちに事情を話して舞台裏からステージに上げてもらう、とか……?」
「私たち三人以外は、超能力者や魔女や妖怪ではない一般人です。先程も申し上げた通り、人知を超えた力があるなど、残された短い時間で信じてもらうのは無理かと……」
「そうですね、確かに……変なファンだと思われて、おしまいかもしれませんよね……警備のひとも、たくさんいそうですし」
「そうなんですよ。彼らもまた、プロです。一筋縄ではいきません。私たちが不審者として捕まってしまうかもしれない。騒ぎとなってしまっては、混乱のうち爆弾が爆発してしまい、犯人の思うツボですし」

 ……舞台裏って、いくら過激なファンが入りたくても、入れない場所だ。

「ところで、貴女。犯人の思考が読めるんでしょう? そいつを捕まえてしまえば、話が早いのではないの?」
「それも、考えましたが……得策ではないです。犯人は、年越しの瞬間に爆発するようタイマーを仕掛けていますが、いざというときのために手元のスイッチでも爆発できるよう仕込んでいます。犯人は、まだ自分の所業がバレたと思っていない。これは、私たちにとって大きなアドバンテージです」
「そのアドバンテージを崩す道理もない、ということね……」
「そういうことですね」

 なるほどね、と可憐さんはうなずいた。

「ならば、私に考えがあるわ」

 可憐さんがそう言ったときにちょうど、きゃああっ、と会場が一段と盛り上がった。
 ハイテンポでノリノリなデビュー曲の終わりが、いよいよやってきたのだ。
 曲の終わりを惜しむように、何度も何度もラストのフレーズが掻き鳴らされるギターと、アツシくんの叫ぶような熱く心に響く歌声……。

「みんなあ! 今日は本当に! 本当に、最高の日だあーっ!」

 アツシくん。
 ほんとうに、楽しそう。輝いている。

 瞳子さんはステージに向かってサイリウムをぶんぶん振り、可憐さんは左手でサイリウムを小さく振りながら右手で額を押さえ天を仰ぎ、私はといえばサイリウムこそ振らなかったものの推しの輝いている姿にこれ以上なく胸を打たれて、思わず右手を胸に当てていた。

 アツシくんを想う気持ちは、みんないっしょだった。
 会場で、いちファンとしてライブを観られないのは残念だけれど……アツシくんを守るためだ。

「……絶対に、アツシくんを守りましょう!」
「もちろんよ!」
「はい……!」

 会場からは、歓声と拍手が巻き起こる――。

 そして私たちは、可憐さんの指示に従って、駆け足で舞台裏へと向かうのだった。