「な、なんでサイリウム、ですか……?」

 思わず日本語がおかしくなってしまった。
 瞳子さんも可憐さんも、ぶんぶんサイリウムを振っている。瞳子さんは腰を使った華麗な動きで、可憐さんはあんな大きなサイリウムを片手で持っているのに安定した綺麗な動きで……熟練だ。おふたりとも。慣れている。すごい。プロのファンの動きだ。舞台裏の暗がりに、アツシくんのレッドの光がすっごく映えて……。
 でも、なんで――サイリウム?

「炎の精霊よ。サイリウムの動きに、応えて!」

 可憐さんはそう言ったあと、聞き慣れない不思議な響きの言葉をなにか言う。呪文だろうか――瞳子さんは目を細めて可憐さんの思考を読んで、うまくいったみたいですね、と言った。

「サイリウムを振ることによって、炎の精霊を喜ばせる。魔女の私が呼んだのだから、応えてくれるわ。サイリウムの動きに熱がこもればこもるほど、炎の精霊の働きは増す。まふゆを愛している、氷の精霊の働きと打ち消し合う――つまりサイリウムが振られているところであれば、氷の精霊の働きは打ち消される! サイリウムを振るファンのみんなは無事だし、舞台裏は魔女の私がサイリウムを振って、守るから。だから、私たちを信じて、凍らせてちょうだい!」
「アツシくんたちは、大丈夫なんですか……!」
「彼らの熱量はここにいる誰より、すさまじいものがある。自然、炎の精霊の働きは強いわ――私が炎の精霊と呼応している限り、炎の精霊はステージの熱量を喜びよく働いてくれるでしょう!」
「魔女の理論というのは私にも面食らうほど新鮮なものばかりですが、どうやら、そういうことみたいです。まふゆさん、やっちゃってください。犯人の思考の動きは私が読み取り続けていますが、犯人はまだ気がついていない。いまなら、いけます、早く――!」
「……わ、わかりました!」

 私は、すーはー、と深呼吸した。

 大丈夫。きっとうまくいく……アツシくんを、みんなを、守る!

 目を閉じ、胸に手を当てる。
 念じるだけで、やってくる。寒気が……氷が……吹雪が。

 ひゅおお、と木枯らしのような音とともに、まるで私が身にまとうかのように雪が周囲に展開されていくのが、わかる。あたりの温度が、ぐっと下がる。

「す、すごい力ですね。想像以上です」
「ほんとうに、まふゆは氷の精霊から愛されているのだわ……」

 私はゆっくりと目を開ける。
 吹雪を呼んだせいで、床や壁が凍りつき始め、舞台裏のひとたちはみんな寒がって上着や手袋を身に着ける。暖房の故障ではないか、冷房に切り替えてしまったのではないかと関係者のひとびとがざわつき始めた。

「寒い寒い寒い、急になにこれ」
「凍え死んじゃうって」

 ばたばたと駆けていく関係者のひとの言葉は深い意味で言っているわけではないとわかるのだけれど、私の心はずきりと痛む。

「氷の精霊の力が弱くなっている! これでは炎の精霊が勝ってしまうわ。まふゆ、もっともっと凍らせて!」
「ええ、こっちは気にしないでください! うまくいってますので! バランスです、バランスを取ってください、まふゆさん!」

 おふたりはサイリウムを振り続けている。洗練された動きで。ラストの歌、「君がいるから、輝ける」に合わせて。コールまでして。

「アツシくん! アツシくん! アツシくん!」
「大好きアツシ、ラブユーアツシ!」

 曲じたいも、ライブ全体も――とても、いいところだ。
 盛り上がっている……。

 私は吹雪のせいでぴんぴんと髪の毛を逆立てながら、さっきからずっと気になっていたことを言った。

「あ、あの、私も――」

 駄目だ。どうしよう。こんなこと言って……いいのかな。
 だって。だって。……だって。

「なんですか、まふゆさん!」
「言いかけたなら、言いなさいよ!」

 私はサイリウムを振れたことがない。
 なんとなく、気恥ずかしくて。
 ひとりで来ているのに、あいつ、サイリウムだけ一人前にぶんぶん振っているよ……そう思われるのが怖くて、……ほんとうはサイリウムを振りたい気持ちを、ずっと凍らせてきた!

 私も、スッ……と、毎回持ってきているアツシくん色のレッドカラーのサイリウムを、懐から取り出す。

「さ、サイリウム、いっしょに振っていても、いいですかっ」

 だって、おふたりがあんまりにも――楽しそうだから!