「……やってみたいです、私」

 ぽつりと漏らすように言うと、瞳子さんと可憐さんは顔を上げて静かに、嬉しそうな表情になった。

「アツシくんを、助けたい……」

 このままだと、爆弾が爆発して、アツシくんは死んでしまう。

「でも。でも。――でも」

 私は、こぶしを握りしめる。

「ほんとに、私、力の使い方が下手なんですっ……爆弾だけを凍らせるなんて、できません。きっと、ここにいるみんなを凍らせてしまう。……死にかけるまで」
「ふむ。まずは、やる気になったまふゆさんの能力の分析を行わねばならないかもしれませんね」
「ちょっと私は、調べものをさせてもらうわ」

 可憐さんは、ポケットからなにやら分厚い古文書のようなものを取り出して、目にも留まらない速さでページをめくり始めた。

 瞳子さんは、私をハキハキと質問攻めにする。

「――まふゆさん。確認ですが、あなたの能力とはまず、物や人を凍らせること」
「そうです」
「狙ったものを、ピンポイントで凍らせることはいまのところできない、と」
「もっとすごい雪女であれば、できるのかもしれませんが……私にはできないです」
「それは、いままでずっとそうでした?」
「いままで、ずっと……というほど、力を使ってきていないかも、です。力を日常的に使っていたのは、ずっと昔の小さなころに、山奥の雪女の集落で暮らしていたころだけで……育ての親にあたる雪女が人里で暮らす決心をして山を下りるのに伴って、私も人間社会で暮らし始めてからは、それこそ……と、友達を、凍らせてしまったときだけで……」
「ふむ……なるほど。人生で何度くらい、雪女の力を使ったことがありますか?」
「幼いころは雪女の村にいましたから、日常的に使っていました……私たち、とても暑がりなんです。温度がマイナス十度くらいになると、やっと快適に過ごせる感じで……だから、冬でも温度がゼロ度以上とかだと、みんなで力を使って冷やしていました」

 懐かしい。なにもかもがいつも凍っていた、山奥の村。

「それには、まふゆさんも参加を?」
「はい、いちおう。周りをただ寒くするだけでいいから、楽でした。その程度の力であれば、幼い雪女も使えます」
「他の雪女の方も、そのような力の使い方を?」
「いえ……上手な雪女は、より広範囲にわたって冷やしたり、もっと低い温度で冷やしたりできますから……。基本的に、私のような力の使い方が下手な雪女たちがとりあえず周囲を冷やせるだけ冷やして、あとは上手な雪女が一気に終わらせる、って感じでした」
「その、上手な雪女というのは、最初から力の使い方が上手だったんですかね」
「……どうなんでしょうか。私が物心ついたときには、そういう雪女はみんな年かさだったので……わかりません」

 歳を重ねても、見た目は老いない雪女だけれど……ともに暮らす私たちはさすがに、お互いの生きた年数をなんとなくだけど、把握しあっていた。

「年上の雪女の方々というのは、基本的に雪女の村で暮らし続け、能力も日頃からいっぱい使っているわけですよね。つまり……年齢が上がれば上がるほど、力の使い方も上手くなる? 比例的に?」
「いえ……年齢と力の使い方は、比例というほどではありませんでした。生きている年数が長いと力を使う機会も多いから、なのかな……」
「つまり――日常的に力を使っているから、上達しているという可能性がある、と」
「そういう、ことですかね」
「話を聞いていて分析していましたが、まふゆさん。あなたの持つ能力はおそらく、上達する類のものです。超能力にも、上達する類のものとそうでないものがあります。たとえば私の所属する組織の超能力者たちを見ていると、テレポートやサイコキネシスなどは、先天的な要素が大きいです。ですが、サイコメトリーやテレパシーなんかは、後天的に多少どうにかなる部分もある。能力を使えば使うほど、コントロールが効くようになっていく――まふゆさんは、これまで能力を使う機会が少なかっただけのことではないでしょうか」
「えっと、つまり……?」
「つまりですね、まふゆさん。雪女の能力を、回数を重ねれば重ねるほど上達する能力だと仮定すれば、前回より今回のほうが上達する可能性がある、ってことですよ」
「なる、ほど……そういう、ものでしょうか……」
「どちらにせよもうあと五分で爆弾は爆発します。――犯人のやつ。うまくいくって、心のなかで狂喜していますよ。……許せない」

 瞳子さんは、悔しそうに歯ぎしりをした。

「ですから、まふゆさん。とにかく、とりあえず能力を使ってちゃっちゃか凍らせちゃってくださいよ――」
「ちょっと待って」

 古文書に目を落とした可憐さんは、硬直していた。

「……駄目よ。氷の精霊について、調べてみたの……」

 可憐さんは指で古文書のページを示してくれるが、見たこともない文字で書かれていてひとつも読めない。瞳子さんも、顔をしかめて眼鏡をくいっと指で持ち上げた。

「見たこともない文字ですね……」
「精霊文字だから。貴女たちには読めないよう、まじないがかかっている。でも、見て。――挿絵ならば見ることができるでしょう」

 そこに描かれていたのは、大雪原で両手を広げる雪の精霊らしき存在だった。ひらひらした服を、翼のように広げ……悪魔や業火を、すべて凍らせている。
 そう、すべて。

 可憐さんは、厳かに読み上げる。

「氷の能力は、すべてを凍らせるものである」

 その顔は、今日見たなかで、いちばん真っ青で。

「……つまり、特定のものに対して力を強めたり弱めたり、加減することはできない、ということよ。原理的に……力の性質が、変わることはない。だから、どう練習したところで、どう試してみたところで……」

 可憐さんの言葉は、すこし震えてすらいた。

「……いやいや。そんな」

 笑おうとした瞳子さんも、うまく笑えていない。

 でも。でも。でも。
 残念ながら。――おふたりの想像は、当たっている。

 私の力は、自分の意志で調整のつくものではない。
 そう……どんなに自分では守りたいと思っていたところで、氷の力は、……凍らせてはいけないものまで、きっと凍らせる。

 すべてを、凍らせてしまう。

 ステージでは、バラードが終わり、アツシくんやシャイニングのみんなが一万人の熱い、熱い歓声を浴びていた。