推しのライブに、爆弾が仕掛けられた。
今日は推しの年越し野外ライブの日。
とくにだれかと年を越すような予定もなくて。
楽しみに楽しみに、心待ちにしている日だったのに。
ライブのクライマックスが近づきいいところなのに、私はなぜか喧噪から少し離れた、丸くて白いテーブルの等間隔で置かれた休憩用スペースでなにを飲食するでもなく立っている。
知らない、女性ふたりと。
ステージから距離があっても、ライブのライトはここまで届く。会場の夜を染める、虹色のような美しいプリズム。
「あと十五分で、爆弾は爆発します」
私を無理やり引っ張ってきた、眼鏡をかけた自称超能力者の女性は、無表情でとんでもない事実を淡々と告げた。
私とおなじように無理やり連れてこられたらしい、黒ずくめの衣装の女性は、ただでさえ険しいしかめ面をぎゅっと更にしかめる。
私は、あっけにとられたあと、どうにか言葉を絞り出した。
「ちょっと、待ってください。爆発するって、つまり、アツシくんは、『シャイニング』のみんなは」
「木っ端微塵になりますね。この会場と、一万人の観客を巻き込んで」
私は思わず口を手で押さえる。
あと十五分で? 爆弾が爆発して? 木っ端微塵になって?
そんな、そんなこと。
あってはならない。
だって今日は――男性アイドルグループ「シャイニング」の、アツシくんにとっての、特別なライブの日。
黒ずくめの女性は、呆れたように肩をすくめた。
「私たちをからかっているの? 警備も万端。爆弾なんて、映画やドラマじゃあるまいし。今日はアツシくんの大事な大事なライブの日なのよ。悪いけど、こんなところで物語ごっこをしている暇はないの。戻らせてもらうわ――」
「このままでは、間違いなくアツシくんは死にますが。よいのですか? 異分子――魔女の火渡可憐さん」
立ち去りかけていた黒ずくめの女性は、血相を変えて振り向いた。
「貴女――何者?」
眼鏡の女性は、なんとも面倒そうな声音で答える。
「ですから、最初に名乗ったじゃないですか。超能力者ですよ。世界の平和を守るため、組織の命で秩序からはみ出た異分子を排除しています。私、テレパシストですのでね。今日もテレパシーを使って人々の思考を読むパトロールをしていたら、アイドルのライブに来ていた異分子が見つかったというわけです。異分子の発見も仕事なので」
「仕事? じゃあ、そのガチなサイリウムはなによ」
「あと、痛バも……」
私は細い声で言った。
眼鏡のひと。とても、仕事で来たようには見えない。だって手にしている巨大サイリウムは、アツシくんのカラーのレッドにきれいなシャイニングラメを施した、ガチの手作りものだし。シルバーの肩がけバッグにはこれでもかというほどアツシくんの缶バッチやピンバッチがついているし。
アツシくん推しでなくて、なんだというのだ。
「まあ、年を越す瞬間にアツシくんと同じ空間にいられないというのは、個人的には、ありえないので」
「完全に私情じゃないの」
まあね、推しと年を越したいという気持ちはわからなくもないけれど、と黒ずくめのひとはぼそぼそ呟く。
「ですから、仕事もしておりました」
「じゃあ、なに。……私を捕まえるってこと?」
「いえ、今日は遠慮しておきます。アツシくん推しの同志をアツシくんのライブの日に捕まえるなんて、そんな恐れ多いこと、私にはとてもとてもできませんから。それにそんな暇はないです――爆弾をまずはどうにかしなければ。協力してほしいのです」
黒ずくめのひとは、額を手で押さえて天を仰ぐ。
「そうなのよね。貴女……アツシくん推しなのよね」
「あ、もしかして同担拒否のかたですか?」
「いいえ、違うわ。これまで独りで、アツシくんを推してきたものだから。同志に会えたなあって、思っただけで」
「ともにアツシくんを救いましょうよ」
「……貴女の爆弾の話が本当ならね」
魔女だと言われた黒ずくめのひとは、どうする? と聞きたそうな顔でこちらを見てきた。
「爆弾ですって。信じる? この女の言うこと――」
そして、ふと気づいたように言う。
「……というか貴女、寒くないの? そんな薄手のカーディンガン一枚で」
「あ、いえ……」
私は、真冬の夜中でも、寒くはない。
「こうして私たちが時間を無駄にしているあいだに、すでに一分もの時間が過ぎそうです。……あと十四分で爆発します。時間が惜しいです。私にはテレパシー以外の能力はありません。だから、いまはたとえ異分子であっても、特殊な能力を持つあなたがたのお力を借りるほかない――もうひとりの異分子の、天野まふゆさん。妖怪、雪女のあなたは、協力してくれるでしょうか?」
そう。
私は――雪女だから。
「あ、あのっ、――私も、アツシくん推しです! ですから、ですから……」
言葉に迷っていると、私よりひとまわり年上であろうアツシくん推しの女性ふたりは、優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございます。ともに爆弾からアツシくんたちを救いましょう!」
「というか、貴女のレッドずくめの格好見てれば、わかるわよ。まあ……私も、ネックレスやブレスレットはほら、アツシくんのレッドだけれど」
爆発するまで、あと十四分。
超能力者と魔女といっしょに、私は、爆発から推しを守ることになった。
今日は推しの年越し野外ライブの日。
とくにだれかと年を越すような予定もなくて。
楽しみに楽しみに、心待ちにしている日だったのに。
ライブのクライマックスが近づきいいところなのに、私はなぜか喧噪から少し離れた、丸くて白いテーブルの等間隔で置かれた休憩用スペースでなにを飲食するでもなく立っている。
知らない、女性ふたりと。
ステージから距離があっても、ライブのライトはここまで届く。会場の夜を染める、虹色のような美しいプリズム。
「あと十五分で、爆弾は爆発します」
私を無理やり引っ張ってきた、眼鏡をかけた自称超能力者の女性は、無表情でとんでもない事実を淡々と告げた。
私とおなじように無理やり連れてこられたらしい、黒ずくめの衣装の女性は、ただでさえ険しいしかめ面をぎゅっと更にしかめる。
私は、あっけにとられたあと、どうにか言葉を絞り出した。
「ちょっと、待ってください。爆発するって、つまり、アツシくんは、『シャイニング』のみんなは」
「木っ端微塵になりますね。この会場と、一万人の観客を巻き込んで」
私は思わず口を手で押さえる。
あと十五分で? 爆弾が爆発して? 木っ端微塵になって?
そんな、そんなこと。
あってはならない。
だって今日は――男性アイドルグループ「シャイニング」の、アツシくんにとっての、特別なライブの日。
黒ずくめの女性は、呆れたように肩をすくめた。
「私たちをからかっているの? 警備も万端。爆弾なんて、映画やドラマじゃあるまいし。今日はアツシくんの大事な大事なライブの日なのよ。悪いけど、こんなところで物語ごっこをしている暇はないの。戻らせてもらうわ――」
「このままでは、間違いなくアツシくんは死にますが。よいのですか? 異分子――魔女の火渡可憐さん」
立ち去りかけていた黒ずくめの女性は、血相を変えて振り向いた。
「貴女――何者?」
眼鏡の女性は、なんとも面倒そうな声音で答える。
「ですから、最初に名乗ったじゃないですか。超能力者ですよ。世界の平和を守るため、組織の命で秩序からはみ出た異分子を排除しています。私、テレパシストですのでね。今日もテレパシーを使って人々の思考を読むパトロールをしていたら、アイドルのライブに来ていた異分子が見つかったというわけです。異分子の発見も仕事なので」
「仕事? じゃあ、そのガチなサイリウムはなによ」
「あと、痛バも……」
私は細い声で言った。
眼鏡のひと。とても、仕事で来たようには見えない。だって手にしている巨大サイリウムは、アツシくんのカラーのレッドにきれいなシャイニングラメを施した、ガチの手作りものだし。シルバーの肩がけバッグにはこれでもかというほどアツシくんの缶バッチやピンバッチがついているし。
アツシくん推しでなくて、なんだというのだ。
「まあ、年を越す瞬間にアツシくんと同じ空間にいられないというのは、個人的には、ありえないので」
「完全に私情じゃないの」
まあね、推しと年を越したいという気持ちはわからなくもないけれど、と黒ずくめのひとはぼそぼそ呟く。
「ですから、仕事もしておりました」
「じゃあ、なに。……私を捕まえるってこと?」
「いえ、今日は遠慮しておきます。アツシくん推しの同志をアツシくんのライブの日に捕まえるなんて、そんな恐れ多いこと、私にはとてもとてもできませんから。それにそんな暇はないです――爆弾をまずはどうにかしなければ。協力してほしいのです」
黒ずくめのひとは、額を手で押さえて天を仰ぐ。
「そうなのよね。貴女……アツシくん推しなのよね」
「あ、もしかして同担拒否のかたですか?」
「いいえ、違うわ。これまで独りで、アツシくんを推してきたものだから。同志に会えたなあって、思っただけで」
「ともにアツシくんを救いましょうよ」
「……貴女の爆弾の話が本当ならね」
魔女だと言われた黒ずくめのひとは、どうする? と聞きたそうな顔でこちらを見てきた。
「爆弾ですって。信じる? この女の言うこと――」
そして、ふと気づいたように言う。
「……というか貴女、寒くないの? そんな薄手のカーディンガン一枚で」
「あ、いえ……」
私は、真冬の夜中でも、寒くはない。
「こうして私たちが時間を無駄にしているあいだに、すでに一分もの時間が過ぎそうです。……あと十四分で爆発します。時間が惜しいです。私にはテレパシー以外の能力はありません。だから、いまはたとえ異分子であっても、特殊な能力を持つあなたがたのお力を借りるほかない――もうひとりの異分子の、天野まふゆさん。妖怪、雪女のあなたは、協力してくれるでしょうか?」
そう。
私は――雪女だから。
「あ、あのっ、――私も、アツシくん推しです! ですから、ですから……」
言葉に迷っていると、私よりひとまわり年上であろうアツシくん推しの女性ふたりは、優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございます。ともに爆弾からアツシくんたちを救いましょう!」
「というか、貴女のレッドずくめの格好見てれば、わかるわよ。まあ……私も、ネックレスやブレスレットはほら、アツシくんのレッドだけれど」
爆発するまで、あと十四分。
超能力者と魔女といっしょに、私は、爆発から推しを守ることになった。