娘に婚約者を選ばせようという段になれば、その邪魔になる者は遠ざけようとするだろう。
かつて戦乱の中では英雄だった者が、おとなしく──不気味なまでに大人しく宮廷魔導師をしている状況も、事情を知る者には獅子身中の虫っぽさを感じさせていたのかもしれない。
「とにかく、リィト様が、その、リィト様を……」
「うん?」
「り」
「り?」
「うわーーん、リィト様リィト様リィト様ァッ!」
「ぶふ、ぐええぇっ」
感情のコントロールができなくなったアデルにとんでもない力で首根っこを掴まれて揺さぶられ、リィトは死を覚悟した。対魔戦争においてもそうそうなかった、命の危機であった。
「だって、わたくしに何もおっしゃらずに城から出て行かれるリィト様がいけないのですっ!」
「わ、わがっ、だ、ぐるじ……」
もう一度ベンリ草を使うしかないか、とリィトが薄れ行く意識の中で思った瞬間。
「あの……」
可憐な、たどたどしい声がした。
「あなたが、リィトさ……んのお友達ですか?」
「む? あなたは」
「フラウは、フラウです」
「そう。わたくしはアデリア。帝国第十五騎士団の名誉団長よ」
こういうときに、アデルは皇女とは名乗らない。
彼女にとってのアイデンティティは、騎士団の一員であることだから。
「わっ、騎士様なのですね! リィトさんを、リィトさまって呼ぶお友達……前に、リィトさんから聞きました」
「なっ、り、リィト様がわたくしのことを!?」
「話の流れでね……助かったよ、フラウ。ありがとう」
フラウが話し掛けてくれたおかげで、首を絞めるアデルの腕が外れた。
危ないところだった、とリィトは胸をなで下ろす。
「アデルさん、バーベキューの支度、ちょっと時間がかかりそうです。お腹は空いていませんか? いま、たくさん薪を集めているんですが」
申し訳なさそうに肩を落とすフラウ。
そうか、月に一度の薪割りの日は明後日だ。
ちょうど、薪が足りなくなるころだった。大規模にバーベキューをするのに、薪が足りなかったのか。
人手があまりないのもあって、突発的なことが起きるとバタバタしてしまうトーゲン村だった。