何より、リィトの優秀な力を帝国に留め置くことが出来るなら──それは、ロマンシア帝国にとっても、そして、アデルにとっても喜ばしく多大な益になることであると判断した。

 それなのに。

 不在中の報告を宮廷魔導師団から受けている最中に、思わぬ報告をうけることになったのだ。


 リィト・リカルトが追放された。


「……恐れながら、リカルト殿の実績を考えると必要以上の好待遇であると、宮廷魔導師団内からも不満の声があがっておりましたゆえ」

「……不満?」

 実績に、不満がある?

 好待遇というのは、彼の正体を知っている一部の皇族や有力将軍が、リィトに親しげにしていたから?

 ──なんて、下らない。

 アデルは震えた。

 怒りに、震えた。

「気に入らないとか、生意気だとか……女だから、とか……っ!」

 みし、めき、と不穏な音が煌びやかな姫君の部屋に響く。

 美しく着飾った第六皇女アデル。

 その手には、扇が握られている。

 ロマンシア帝国では、古来から貴婦人は優雅で優美な扇を持つことが通例となっているのだ。

 しかし。

 アデルの扇は、貴婦人の持つ艶やかな木製、あるいは象牙でできたものではない。

 鉄扇である。

 その扇がミシミシ、メシメシと嫌な音を経っているのだ。

 魔導の類いではない。

 種族特有のスキルでもない。

 ──アデルの、筋力である。

 怒りのあまりに握りしめられた扇が、悲鳴をあげ──

「──わたくしの竜車の用意を」

 バキャッ、と断末魔とともに、砕け散った。

 麗しい姫君から放たれるはずもない、剣呑な眼光が宮廷魔導師たちを射貫く。

「は、はい?」

「リィト・リカルトを追います。お父様には文にてお知らせいたします。準備ができ次第、南方へと出発します」

「し、しかしアデリア様。今週は上級貴族と軍上層部との会食が予定されておりまして、」

「どうでもいいです」

「なっ」

「ですから、どうでもいいと申しています。お父様の差し金でしょう、わたくしの婚約相手を見繕うための……」

 アデルの指摘に、宮廷魔導師は押し黙ってしまう。

 図星だった。