「なまえっ! なまえ、ここのなまえを知りたいのが、フラウです!」

「フラウもかい?」

「はいっ」

「ふーむ、名前かぁ……」

 ナビがぽそりと呟く。

「懸念。マスターは名付けのセンスが少々アレであるというデータがあります」

 む、とリィトは思わずナビを横目で睨む。

 長年の相棒とはいえ、聞き捨てならなかった。

 人工精霊(タルパ)であるナビは真っ白くて体温を感じない、涼やかな美女だ。だが、たぶん腹の中は真っ黒なんだと思う。

「マスター、何か失礼なことを考えていらっしゃる?」

「そっちこそ」

「ナビはただ、マスターのネーミングセンスがアレと申し上げただけです」

「アレってセンスに溢れてるってこと?」

「逆のアレです」

「やっぱ失礼だな!」

 まったく。まぁ、たしかに「ベンリ草」とかはその場のノリでつけた名前ではあるけれど。

「……で? どうするのニャ、村の名前」

「やはりここは、リィト氏につけてほしいにゃぁ~……あとから由来とかの情報も売りたいしぃ~」

「はやく、はやくニャ!」

「にゃふ~」

「いやいや。待ってくれ、急かさないで」

 リィトは、うーんと考える。

 この土地は、ギルド自治区の土地管理局からも見放されたような荒地だ。

 水分に乏しく、作物を育てるのにも苦労する。

 でも。

 ここでならリィトは英雄でも聖者でもない。誰もリィトに干渉してこない。

 くだらない嫉妬も、足の引っ張り合いも、はたまた窮屈な崇拝もない。

 そうだ、例えるならここは──。

「……決めた」

 リィトが閉じていた瞼を開けると、期待に満ちた猫人族ズと目が合う。

 ずっと、こんな暮らしがしたかった。

 転生して、戦って。

 英雄とまつりあげられて、宮廷魔導師として働いて。

 やっとたどり着いた、ここは。

「トーゲン村」

 そんな名前が、ふさわしい。

「……と、ぉげん?」

「うん。僕が昔住んでいた国では、こういう場所のことを桃源郷って呼んでいたんだ」

 もちろん、本当の桃源郷はもっと恵まれた環境だろうけれど。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 だけど、これからだ。

 これから、ここはリィトにとっての桃源郷になっていく。

「だから、トーゲン村……って、どうかな」

「おおーっ!」