リィトに言い渡されたのは、宮廷魔導師を解任、そして、ロマンシア帝国の領土からの追放。

 唯一、腹が立ったのが今までの研究成果やノートを宮廷に没収されてしまったことだろうか。

 そんなことは、どうでもよかった。


 もう、なんのしがらみもない。

 天才児でも、英雄でも、聖者でもない。


 かくして、リィト・リカルトは自由な身分を手に入れた。

 ──無職である。




 いやぁ~。我ながら人生、山あり谷あり。

 物思いにふけりながら、のほほんと流れる景色を眺めていると。

 ガコン!

 牛車が急停車した。

 いや、そもそも徒歩の旅人に抜かれるくらいにゆっくりと進んでいたわけだから、まったく「急」ではないけれど。

 とにかく、牛車が止まった。

「お?」

 リィトが牛車の窓から顔を出す。

「あっちゃ……帝都の坊ちゃん、すみませんねぇ。こりゃ、先に進めそうもないなぁ……」

 道の先を巨大な木が塞いでいた。倒木だ。

 悪いことに、道の片側は切り立った崖。もう片側は川、それもけっこうな急流だ。牛車が迂回するのは難しい。

 急ぐ旅でもないので、リィトとしては何も困らない。

 旅のひとまずの目的地であるギルド自治区〈ガルトランド〉まで、順当に行けばあと一日かそこらの距離。引き返して迂回しても、五日後には到着するだろう。

 幸いなことに携行食糧も水も充分にある。

 半日分の道を戻れば、ちょっとした宿場もある。

 旅ならではのイベントと考えれば、回り道も悪くない。

 御者のお姉さんにそう伝えようとしたのだけれど。

「参ったなぁ……明日の夜には自治区に届けなきゃならない荷物があるのに」

「ん?」

「坊ちゃんを送るついでに帝都からギルド自治区まで届ける荷物をいくつか預かってるんです。そのうち一つが、明日の夕方までに届けてほしいって言われてましてねぇ……」

 御者が申し訳なさそうに肩をすくめる。今まで、旅賃を出したリィトに荷物のことを黙っていたのがバツが悪いようだ。

「なるほど、荷台を空っぽにしておく手はないですからね」

「すみません」

「かまいません。運送ギルドなんだから、効率的な運送を心がけるのはもっともですし」

「でも、これじゃあ遅配確実ですね。あーぁ、違約金がギャラから天引き、さらにノルマ上乗せかぁ……」