投げ出したのは、花の種子。

 ナノハナ。

 コスモス。

 オミナエシ。

 ローズマリーに、ヤマツツジ。

 その他、諸々。

 前世ではそんな風に呼ばれていた、色とりどりの花の種子だ。

 趣味で栽培していた花々を、一気に開花させる。

 柔らかい下草と低木の若草と花、リィトの身体を受け止めた。

「……ぷはっ!」

 花のクッションから顔を出す。

 東の山が目の前に広がっていた。

 さきほどの荒野よりは柔らかい土。

 水を含んだ土の匂いがする。

 大の字に寝転がる。空が、青い。

「……ふふ、あっはは」

 いやぁ、本当に楽しいなぁ。

 リィトは上機嫌だった。

 ──投げ出された荷物が、ほとんど壊れていることに気がつくまでは。


 ◆


 テント。

 焚き火台、ランプ。

 折りたたみテーブルとチェア。

 ……すべて破損してしまった。

 無事なのは毛布くらいだ。苦労して運んだのに、まさか到着初日に破損するとは思わなかった。

 上手くいってばかりじゃつまらないとはいえ、これはツイてなさすぎる。

 リィト自身が身につけていた、種子入れのポシェットや貴重品は無事だったのが不幸中の幸いだ。

「ま、特にこいつが無事でよかったよ」

 謎の種X。

 隠居生活のお楽しみのひとつが、こいつの育成だ。

 数年間の宮廷魔導師としての社畜生活で得た退職金代わりだ。ここで紛失でもしようものなら立ち直れない。

 無くさないように、謎の種X入りの小瓶をポシェットの奥に改めて押し込んでおく。

「しかし、悠長なこと言ってられなくなったな……」

 テントも焚き火台も、簡易家具も何もなくなってしまった。

 せめて今夜寝泊まりする場所くらいは確保しないと、野宿だ。それはさすがに、ちょっと嫌だ。

 仕方がない。

 ベンリ草の出番のようだ。


 さて、と。

 リィトはかろうじて無事だった杖を構える。

 別に杖なんてなくても魔法は使えるが、こういうのは気分が大切だ。

 宮廷魔導師時代は、「杖なんて使うやつはニワカ」みたいな風潮があったので無駄に指パッチンとかしていた。かっこいいと思うんだけどね、杖。

「まずは小屋だね。すくすくと育て!」

 杖を掲げて、〈生命促進〉の魔法を使う。