「もしも水精霊の神殿に、まだ水精霊がいたとしたら、とんでもない発見です! リィト様の素晴らしさを、宮廷魔導師どもに知らしめなくては!」

「いや、本当にやめて! そういうの!」

 訂正。

 まだ、アデルは諦めてはいなかった。


 月明かりが青い。

 トーゲン村のみなが寝静まった頃、リィトの小屋の近くに植えられた苗が淡く光りだす。

 月明かりのように青く。

 夜明けのように藍色に。

 朝焼けのように橙色に。

 ──リィトは、夢を見た。

 まだ花人族たちが起き出してきてもいない、夜明け前。

 世界がもっとも昏い時間、トーゲン村に一人の少女が立っている。

 銀色に輝く髪。

 未発達の細い手足。

 少女というには、まだ幼すぎるくらいの女の子だ。

「なまえを」

 少女は、鈴の鳴るような声でリィトに問いかける。

 その表情は、モヤがかかったように見えない。

「なまえを、おしえて」

 リィト・リカルト。

 リィトは、そう答えた。

 少女はゆっくりと、かぶりをふる。

「なまえ」

 はた、と気がつく。

 少女は、少女自身の名を問うている。

「……まだ、わからない」

 リィトは答える。

 何が「まだ」なのかは自分でもわからないが、少なくとも適当に少女に名を与えてはいけないことはわかった。

「…………」

 少女はじっと押し黙ってしまう。

 長く短い時間が経って、少女はふたたび口を開いた。

「おおきくなったら、なまえをくれる?」

 リィトはその言葉に、あいまいに頷いて──。



 ……──びくん、と。

 リィトはベッドの上で、飛び起きた。

「……夢?」

 なんだったんだ、今の夢は。

 顔が見えないのに、超絶美少女であることが確信できるあの少女。

 いったい、なんなんだ。

「なまえをおしえて、って……ゲームのチュートリアルじゃないんだから」

 今はリィトの中で休眠モードにあるナビが緊急起動していないところを見ると、どうやら危ない夢ではないようだけれど。

「……もう一眠りするか」

 毛布にくるまるリィト。

 明日からは、色々と忙しい。

 水精霊の神殿。少しだって休んでいるのが惜しいくらいに、楽しそうな案件だ。今は、ぐっすり眠って体力を付けておきたい。

 窓からは、月明かりが差し込んでいる……わけではない。