精霊神殿の跡地がある、などという噂はほとんどがでまかせだ。

 古文書由来の情報であっても、それは変わらない。

 だが、古文書に記された紋章と同じものを、リィトは東の山にぽつんと存在する、わずかながらも魔力を含んだ沢で見つけたのだ。

(これ、面白いことになってきたぞ!)

 リィトのやり込み気質と旺盛な好奇心がうずき出す。

 精霊という、高位魔力生命体は観測されなくなって久しい。

 精霊の力の痕跡を宿した、精霊神殿も今やほとんどが失われている……だが、水精霊の神殿があったということは、ここはもともと水が豊かな場所だったことは間違いない。

(待てよ、ということはトラ……猛虎型のモンスターがこんな場所で、あそこまで強く育ったのも頷けるな。精霊由来の魔力の痕跡……トラがあの沢の水などからその影響を受けたのだとしたら)

 山の様子を思い出す。

 沢の周囲だけ、不自然に木々が開けていた。

 濃度の高すぎる魔力は、ときに生命にとって毒となる。

 魔力に耐えうる個体であれば、その恩恵を受けられるが──そうでなければ、死んでいく。おそらく、あの木々は沢から湧き出る水の魔力に耐えられなかったのかもしれない。

 魔力と生命体の関係は、複雑かつ繊細なのだ。

 だからこそ、リィトの植物魔導への適性は希少なのだ。

 自分以外の生命に自らの魔力で干渉し、それを操る……ほぼ禁術に近い仕組みなのだから。

「なるほど……それは、調査してみないといけないね」

 リィトは踊り出したくなるほどの高揚感をおさえて、努めて冷静を保とうとする。

 そうでなくては、今すぐ沢に駆け出していきたくなってしまう。

 真夜中の山の中を進むなんて、怖くて仕方ない。

「水精霊の遺跡を調べて、もし水問題が解決すれば……もっと畑を広げられるかもしれない」

「ニャーーーーーッ! ミーの命が助かるのニャッ!?」

「わがはいもスクープしたいにゃ~……」

「うーん、外に情報を出すかどうかは、ちょっと保留かなぁ……」

 このトーゲン村は、のどかでまったりした場所にしておきたい。

 リィトののんびり隠居ライフの本拠地なのだから。

「……でも、宮廷魔導師なんかより、よっぽど楽しいのは確かだな」

 ほっとしたのか、ミーアはマンマを連れて宴の輪に入っていった。