リィトがベンリ草に手をかける。

 二つ名は『侵略の英雄』。

 大量のモンスターを相手に、大地を蹂躙する植物魔導でもって、彼らのテリトリーを侵略しつくした帝国の英雄だ。

 中級から上級の猛虎型モンスター程度ならば──

「リィト様」

「……アデル?」

「よくわかりませんが、あのモンスターを傷つけずになだめればいいのですね?」

「アデルさん、できるのですか?」

「いや、ちょっと待てって! 危ない、アデル」

「危ない?」

 つかつか、と迷いなく目を押えてグルグル唸っているヌシのほうへと歩いているアデルが、背中越しに呟く。

「リィト様、今のお言葉は撤回を」

 アデルが、ヌシに手を伸ばす。

 目にも留まらぬ速さで、ふさふさの毛皮を掴んで──

「フンッ!!!!」

「な、投げたーーーーっ!?」

 投げた。

 ぶん投げた。

 空中をぶっとんでいくヌシを追いかけたアデルは、地面に落下する寸前のヌシを掴んで、地面に叩きつける。

 ずぅん、と重い地響き。

「ひゃっ」

 とフラウが固まった。

 ロマンシア帝国第六皇女、アデル。

 彼女のかつての二つ名は、戦神姫。

 鬼神のごとく戦う勇猛果敢なさまは、モンスターたちですら震え上がった。

 ──リィトの知り合いでどういう理屈か知らないが大型モンスターを飼い慣らして使い魔にするという離れ業を行う馬鹿がいた。

 そう。

 目の前に、いる。

「危ない? 危ない、危ない、危ないって、敵から守られるお姫様なんてたくさんなのよ……わたくしはね、民を守る側でありたいの!」

 アデルは、誰にともなく呟く。

 目の前の猛虎型モンスターに、その思いを叩きつける。

「どっちが強いのか、わからせてあげるわよ!」
『GYAAAAAッ!』

 彼女はいつだって、自らを鍛え上げていた。

 誰にも馬鹿にされないように。

 誰にも負けないように。
『GYA……』

「こんな山の奥で、その強さを持て余していたのね──」

 猛虎型モンスターが、アデルに腹を見せる。

 まるで、子猫のように。

「いいわ、あなたもわたくしの弟子になるのね……いつでも、稽古の相手になりましょう」
『GYAO!』

 フラウが信じられないものを見るように、アデルの背中を見つめている。

「す、すごいです。アデルさん」