これだけの土地に、川の一つも見当たらないことが本来であれば異常なのだ。

 水は高いところから低いところに流れる。

 東の山、という「高いところ」があるのに、川がない。

 それはつまり、水源が失われた──ということではないだろうか。

「沢まで、あとどれくらい?」

「あともう一息ですよ、リィト様」

「そうか……よし、頑張って歩かなきゃね」

「マスター、休息は充分でしょうか」

 ふわりと空中に顕現したナビに、リィトは頷いて見せる。

 いいなぁ、人工精霊(タルパ)

「うん、あまりのんびりしていたら日が暮れちゃうし」

「リィト様、よろしければ、わたくしがリィト様を抱きかかえて──」

「遠慮させていただきますっ!」

 お姫様にお姫様抱っこで運ばれるのは、少し、いや、だいぶ気が引ける。

 物事にこだわらないタイプのリィトだが、やっぱりちっぽけなプライドというものがあるのだ。

「むぅ」

 不満げなアデルをなだめて、なんとか自力で歩くことにする。

「確認。マスター、植物魔導を使った歩行補助も可能なはずですが、実行しますか?」

「いや、それじゃつまらないだろ?」

「そうなのですか」

「リィトさん、がんばってくださいっ」

「ありがとう、フラウ」

 なんとなく元気のない木々の間をしばらく歩くと、不意に視界が開けた。

「ここです」

「あー……」

 たしかに、水場があった。

 ただそこを「沢」、というにはあまりにも小さい。

 水たまりという呼び方が、本当にしっくりくるほどに小さな沢だった。

 ただ、たしかにそこには湧き水があった。

「量は少ないけど、綺麗な水だ」

 かすかに、清らかな魔力を感じる。

 水質がいい。

 けれども、これを農業用水にするには量も足りなければ、畑までの水路を引くのもひと苦労。水路はベンリ草でどうにでもなるだろうけれど、せっかく見つけた水場を万が一枯らしてしまったら目も当てられない。

 水場の近くのマイナスイオン的な癒やしパワー(この世界ハルモニアでいうところの、空中魔力(エアル・マナ)だ)をあてこんで、沢のほとりで一休みすることにした。

 空中魔力(エアル・マナ)は、いわゆる天然資源だ。

 魔導の発動に使うことの出来るエネルギーのひとつだ。