「英雄というのは、平時には危険な存在になりえますからな」

 だからこそ、本人が望んでヒラ魔導師として宮廷に仕え、ヒラ魔導師として同僚達から職場を追われたのであれば、彼らにとっては願ってもいないことだったのだ。

「きゃつの研究はどれも植物魔導に関するもので……まぁ、保存の価値はあれど、欲しがる者も少なそうな代物だとか」

「ならば……このまま、お望み通り平凡に生きてくれればよい」

「跳ねっ返りの第六皇女殿下も、リカルトを見習ってしおらしくしてくれればよいのですが」

 とにかく、現時点ではリィト・リカルトの不在については、ロマンシア帝国では些細なこととして扱われていたのだった。

***


 そして。

 アデリア・ル・ロマンシアは浮かれていた。

「リィト様が、わたくしに頼み事なんて……」

 ロマンシア城にある、国立帝都図書室。

 普段のアデルであれば近寄らない場所で、そわそわと目録に目を通していた。

 尊敬するリィトからのお願い事に、力が入る。

 ギルド自治区で手に入る情報と、帝国で手に入る情報は異なっている。

 だから、アデルにしか頼めない──と。

「──世界樹伝説」

 ロマンシア帝国をはじめ、世界各地に残された、世界樹伝説。

 それについて、帝都図書館で調べてほしい。

 そうして、わかったことがあればトーゲン村に来てほしい。

「まずは、竜の棚と王の棚ね」

 あまり好きではない、可憐なアデルの姿に似合うドレスを翻して、本棚の間を踊るように走った。

***


 いよいよだ。

 朝日がほのぼの昇る中、リィトは期待と不安に胸を高鳴らせていた。

「思ったより早く育ったなぁ」

 謎の種子Xは、謎の芽Xに──そして、謎の苗Xに成長を遂げていた。

 なんでも上手くいってばかりでは、つまらない。

 そうは言っても、めちゃくちゃ珍しい、たった一つしかない光る種子──その育成は失敗できない。

 どんなまだ見ぬ植物が育つのか、はたまた枯らしてしまうのか。

 植物魔導は便利だけれど、万能ではない。

 枯れた植物の蘇生は、土地や水などの力をかなり必要とする。トーゲン村の今の土壌では難しいだろう。

「マスター、緊張していますか」

「うん、ちょっとね」

「とてもきれいな苗です。きっと、元気に育つとフラウはおもいます!」