舞は月がある程度高くなってから行われた。
 料理と酒が振る舞われ、丁度ほろ酔い気分となった頃だろうか。
 香夜も料理や酒を裏で運びながら、合間にその様子を見ていた。
 扇を持ち、ゆるりとした舞はその技量も分かりやすい。
 しっかり教えられているとはいえ、年の瀬に披露する者以外は誰かに見せる機会など無い。
 故に、香夜のように結界すら張れない娘達の舞は普段目にするものより見劣りしていた。
 それでも多少は内包する力があるのか、ぼんやりと舞台の紋様は光を放つ。
 とはいえ流石に長もそのような力の弱い娘達から選ばれるとは思っていないのだろう。初めのうちは他愛もない話題を提供しつつ燦人に酒や料理を進めていた。
 だが、一人、また一人と舞を終えると、徐々に落胆の色が濃くなっていく。燦人が全くもって反応しないからだ。
 一応紋様が光出した頃一瞥(いちべつ)するが、それだけ。まるで興味を持つ様子がない。
 それでも最後の娘の番となると、周囲はやはりこの娘なのだろうと多くの期待を寄せた。
 だが、その娘ですら対応が同じとなれば落胆どころか騒然となる。
 やはりこの里の者では選ばれぬのか。
 だが、それならば何故若君は初めにこの里を選んだのか。
 大きな騒ぎとまではならなかったが、そんな声がそこかしこで聞こえてきた。
「……まさか、先程の娘で最後なのか?」
 だが、愕然としているのは燦人も同様だったらしい。
 信じられないといった様子で呟いていた。
「え、ええ……その……」
「あら、指定された年齢の娘ならここにも一人おりますわ」
 汗がにじみ出ていそうな長の言葉を遮り、鈴華が得意げに言ってのける。
「私の舞もご覧になって下さいな」
 甘えるような声を出し、燦人の腕に手をそえる鈴華。そんな彼女に少し困った表情をして燦人は長に視線を戻した。
「鈴華どのはこう言っているが……良いだろうか?」
「え? いえ、その……娘は……」
「ねぇ、良いでしょう? お父様」
 愛娘を手放したくない長は躊躇っているが、このままでは誰も選ばれぬということになる。
 期待し、盛大な宴まで用意したというのにこのままでは長としての威厳すら怪しくなってくると思ったのだろう。
 愛娘の願いというのも手伝って、最後には頷いていた。
「はい、そうですな。鈴華の舞も見てください」
 引きつった笑顔でそう言った長に、鈴華は「ありがとうお父様」と無邪気にも見える笑顔で答える。
 そして立ち上がると艶然(えんぜん)と微笑み、舞台へと向かった。
 その背中を見送りながら、香夜は接待はどうするのだろうと小首を傾げる。
(……まあ、休憩出来ると思えばいいか)
 そう切り替えて上座の隅に控えつつ一息ついた。
 やはり体が怠い気がする。
 今日は早い時間から動きっぱなしだったのだ。昼食もまともに食べられず、夕食も移動しながら口に突っ込むようにして急いで食べた。
 それにやはり、昼とはいえ冷水を浴びてしまったのは不味かった。
 着物を守るためとはいえ、背中側はほぼすべて濡れてしまっていたから自分で思っていたよりも体が冷えてしまったらしい。