頑張った甲斐あってか、何とか昼食には間に合った。
 だが、十分な量を食べられたかと言うと答えは否。
 食事もほどほどに養母に呼び出されてしまったからだ。
「香夜です。お呼びと聞き参りました」
 養母の部屋の前で襖越しに声を掛ける。
「入りなさい」
 淡々とした声に香夜はしずしずと従った。
 中に入り襖を閉めるとその場で居住まいを正す。
 両親を亡くした香夜を引き取った養母は月鬼の長の妻でもある。
 亡くなった母の友人だったとも聞いたが、引き取ってからの自分への仕打ちを考えるとよく思っていないのは確かだ。
 もしかすると、母の命を奪って生き残ったと言われている自分を(うと)んじているのかもしれないと、ことあるごとに思っていた。
 養母はそんな香夜が部屋に入るのを(いと)わしく思う人だ。近くにおいでとは絶対に言わない。
 だからその場で声がかかるのを待っていたのだが……。
「何だい。もっと近くに来ないと用件も伝えられないだろう。来なさい」
 座ったまま軽く振り返った養母は珍しく更に近くへ来いと指示を出す。
「は、はい」
 文句を言われたことに若干の不満はあるものの、驚きの方が勝り戸惑いながら近くに座る。
 するとすぐに用意していたらしい包みを渡された。
「日宮の若君が滞在する間はそれを着て仕事をするんだ。みすぼらしいなりでうろつかれたら品位を疑われかねないからね」
 不満そうに言い放つと、養母はまた机に向かい書き物を始めてしまう。
「はい、では失礼致します」
 聞いているのか定かではないが、一応断りを入れて頭を下げる。
 養母の書き物の邪魔にならないようあまり音を立てず襖を開けると、「香夜」と珍しく名前を呼ばれた。
「あ、はい……」
 先ほどから珍しいことばかりだと思いながら返事をすると、彼女はこちらを見もせず言葉を発する。
「……お前は舞うんじゃないよ」
 静かに告げられた言葉に、やはりいつもの養母だと思った。
 日宮の若君が所望しているのは十六から二十の年頃の娘。十八になったばかりの香夜も当然それにあたる。
 若君の前で舞うなということは、選ばれるわけがないのだから舞う必要はないということだろう。
 だが、もとよりそんなことは分かっている。
 こんなみすぼらしい髪色で舞っても、美しい茶色の髪を持つ他の娘たちの引き立て役にしかならない。
 香夜は自嘲し、「分かっています」と返事をすると今度こそ養母の部屋を後にした。