優等生の大地が表向きの顔だと知っているのは僕だけではない。
醜い性の欲望を交換したがる性奴隷たち。
痛みを免れるために搾取に応じる羊ども。
機嫌を損ねないよう立ち回る道化に、媚びへつらう下僕。
皆で寄ってたかって、大地の優等生の仮面をより強固なものに仕立て上げていく。
黒い大地にすり寄る者たちは、愚鈍な民のように自ら服従を誓い、今にも崩れそうな崖っぷちを歩かされても庇護の下に留まりたがる。
だけど大地には庇護する気など毛頭ない。気まぐれに手を差し伸べ、気まぐれに突き落とすだけだ。
それをわかっていながら、僕もまた、大地の前に平伏することを望む愚かな民なのだ。
その日の放課後は仕事の予定があった。
反社会的勢力の会長から死なない程度に精気を抜く。
最近はヒトからの依頼が増え、こんなつまらない仕事ばかりだ。
「海斗、ちょっと来て」
さっさと帰ろうと教室を出かかったところに大地がやって来た。蒼空も一緒だ。
「なに?」
「図書室に戻しとけって言われた本が多過ぎなんだよ。悪いけど一緒に運んでくれね?」
「そんな面倒なこと引き受けるなんて珍しいじゃん」
「俺じゃねーよ」
大地が蒼空を指差す。
「ごめんね」
蒼空は申し訳なさそうな顔で言った。
「蒼空の頼みなら仕方ないね」
「ありがとう」
蒼空の頬に笑窪が浮かぶと、まわりの空気がぱっと明るくなった。
僕や大地の黒い部分まで白に変えてしまえるような、優しく善なる無垢のヒト。
真眼で見ても、真綿のような白さと輝きを持っているのは、蒼空ただ一人だ。そばにいるだけで浄化されそうな気がして居心地が好い。
大地にとっても蒼空は特別な存在だ。
「蒼空を失ったら生きていける自信ない。だから、あいつには優等生の顔しか見せたくない」
釘を刺すようにそう言われたが、この僕が蒼空に告げ口などするわけがない。
「あいつが助けてくれなかったら、俺の命は12歳で終わってた」
幾度となく聞いたその言葉は、そのたびに僕の胸の深いところを傷つけ、癒えることのない傷から噴き出すどす黒く煮えたぎった血が出口を求めて身の内で暴れ業火となる。
――助けたのは蒼空じゃない!
そう叫ぶことができたなら、どんなに楽だろう。
だが、言ってしまえば僕は、もう大地の傍にいることを、諦めなくてはならなくなる。
12歳まで白く輝いていた彼に、魂を黒く染める種を植えたのは僕なのだから。
あの夏の終わり、貯水池で溺れた大地を助けるために、僕は自分の精気を分け与えた。
黒い翼を持つ僕の精気がヒトを蘇生させられるかどうか……当時の僕にはわからなかったのだが……それを吹き込むと、止まりかけた心臓が力強く動き出した。
僕が甦らせたと思うと、たまらなく愛しくなり、夢中で大地の唇を貪ってしまった。
我に返ったのは、僕の名を呼ぶ蒼空の声が聞こえた時だ。
かなりの精気を失った僕は、出てしまった翼を隠す力もなく、慌ててその場を離れ林の中に逃げ込んだ。
そして蒼空は、倒れていた大地を見つけて救急車を呼んだ。
たったそれだけのことで、大地を助けたのは蒼空ということになってしまった。
「キスなんかしてない」
そう否定する蒼空は正しい。本当にしていないのだから。
だが大地は信じなかった。羞恥心から嘘をついていると思い込んだ。
僕は目の前で恋が育っていくのを、黙って見ているしかなかった。
「こうやって3人でいると昔を思い出すね」
それぞれ本を抱えて図書室に向かう途中、蒼空が嬉しそうに言った。
「懐かしい」
「今度3人でどっか行くか?」
大地の声は優しい。蒼空に向ける顔には邪悪な色などみじんもなく、優等生の仮面とも違う本来の姿があった。
「お邪魔だろうから行かないよ」
僕は冗談めかして笑いながら断る。
見たくない。こんな大地の姿など。
醜い性の欲望を交換したがる性奴隷たち。
痛みを免れるために搾取に応じる羊ども。
機嫌を損ねないよう立ち回る道化に、媚びへつらう下僕。
皆で寄ってたかって、大地の優等生の仮面をより強固なものに仕立て上げていく。
黒い大地にすり寄る者たちは、愚鈍な民のように自ら服従を誓い、今にも崩れそうな崖っぷちを歩かされても庇護の下に留まりたがる。
だけど大地には庇護する気など毛頭ない。気まぐれに手を差し伸べ、気まぐれに突き落とすだけだ。
それをわかっていながら、僕もまた、大地の前に平伏することを望む愚かな民なのだ。
その日の放課後は仕事の予定があった。
反社会的勢力の会長から死なない程度に精気を抜く。
最近はヒトからの依頼が増え、こんなつまらない仕事ばかりだ。
「海斗、ちょっと来て」
さっさと帰ろうと教室を出かかったところに大地がやって来た。蒼空も一緒だ。
「なに?」
「図書室に戻しとけって言われた本が多過ぎなんだよ。悪いけど一緒に運んでくれね?」
「そんな面倒なこと引き受けるなんて珍しいじゃん」
「俺じゃねーよ」
大地が蒼空を指差す。
「ごめんね」
蒼空は申し訳なさそうな顔で言った。
「蒼空の頼みなら仕方ないね」
「ありがとう」
蒼空の頬に笑窪が浮かぶと、まわりの空気がぱっと明るくなった。
僕や大地の黒い部分まで白に変えてしまえるような、優しく善なる無垢のヒト。
真眼で見ても、真綿のような白さと輝きを持っているのは、蒼空ただ一人だ。そばにいるだけで浄化されそうな気がして居心地が好い。
大地にとっても蒼空は特別な存在だ。
「蒼空を失ったら生きていける自信ない。だから、あいつには優等生の顔しか見せたくない」
釘を刺すようにそう言われたが、この僕が蒼空に告げ口などするわけがない。
「あいつが助けてくれなかったら、俺の命は12歳で終わってた」
幾度となく聞いたその言葉は、そのたびに僕の胸の深いところを傷つけ、癒えることのない傷から噴き出すどす黒く煮えたぎった血が出口を求めて身の内で暴れ業火となる。
――助けたのは蒼空じゃない!
そう叫ぶことができたなら、どんなに楽だろう。
だが、言ってしまえば僕は、もう大地の傍にいることを、諦めなくてはならなくなる。
12歳まで白く輝いていた彼に、魂を黒く染める種を植えたのは僕なのだから。
あの夏の終わり、貯水池で溺れた大地を助けるために、僕は自分の精気を分け与えた。
黒い翼を持つ僕の精気がヒトを蘇生させられるかどうか……当時の僕にはわからなかったのだが……それを吹き込むと、止まりかけた心臓が力強く動き出した。
僕が甦らせたと思うと、たまらなく愛しくなり、夢中で大地の唇を貪ってしまった。
我に返ったのは、僕の名を呼ぶ蒼空の声が聞こえた時だ。
かなりの精気を失った僕は、出てしまった翼を隠す力もなく、慌ててその場を離れ林の中に逃げ込んだ。
そして蒼空は、倒れていた大地を見つけて救急車を呼んだ。
たったそれだけのことで、大地を助けたのは蒼空ということになってしまった。
「キスなんかしてない」
そう否定する蒼空は正しい。本当にしていないのだから。
だが大地は信じなかった。羞恥心から嘘をついていると思い込んだ。
僕は目の前で恋が育っていくのを、黙って見ているしかなかった。
「こうやって3人でいると昔を思い出すね」
それぞれ本を抱えて図書室に向かう途中、蒼空が嬉しそうに言った。
「懐かしい」
「今度3人でどっか行くか?」
大地の声は優しい。蒼空に向ける顔には邪悪な色などみじんもなく、優等生の仮面とも違う本来の姿があった。
「お邪魔だろうから行かないよ」
僕は冗談めかして笑いながら断る。
見たくない。こんな大地の姿など。