パソコンに張り付いてチケット予約サイトを見る。手元のスマートフォンではアラームをセットしてある。
 今日の二十時から、私が推しているアイドルのファンミーティングのチケットの販売が開始されるのだ。私はファンクラブには入っていないので、こうやってパソコンに張り付く以外にやりようがない。
 スマートフォンがアラームを鳴らす。私はすかさず必要事項をコピペして申し込みボタンをクリックした。
 チケットは取れただろうか。画面が切り替わるまで油断はできない。
 そして画面が切り替わって、表示されたメッセージは、無事にチケットが取れたという内容だった。
「やったー!」
 思わず両腕を上げて喜んでいると、夫が声を掛けてくる。
「お母さんチケット取れた?」
「取れた! やったー、久しぶりに行ける!」
「そっか。それじゃあ晩ごはん食べようね」
 そう、夕飯の準備をしたはいいものの、私だけチケット戦争に挑むために夕飯も食べずにパソコンの前に齧り付いていたのだ。
 チケットが取れて安心して、急にお腹が空いてくる。パソコンを畳んで片付けて、夕飯を持って来て食べる。冷めていたけど勝利の味がした。
 上機嫌でごはんを食べている私に、夫もにこにこしながら話しかけてくる。
「ライブに行くんでしょ? 楽しみだねぇ」
「うん。楽しみ」
 正確にはファンミーティングなのだけれど夫に違いを説明しても多分通じないし、アイドルに会うことには変わりがないので訂正しなくても良いだろう。
 当日はどんな服を着ていこう。そんなことを考えて、寝るまで少し上の空だった。

 ファンミーティング当日、私は精一杯のおしゃれをして会場にいた。周りを見ると息子や娘くらいの年代の子ばかりで、私がここにいるのは場違いかとも思ったけれども、あのアイドルはデビューしたての頃からずっと推している子だ。
 子育てが一段落して、一息ついたときに飛び込んできた、もうひとりの娘のような存在。その成長を見守りたい気持ちに嘘はつけない。
 それでも、こんなおばさんが若い子に混じっているのはすこし恥ずかしい。でも、恥ずかしがってたら推し活なんてできないのだ。
 会場に入り、しばらくするとファンミーティング前のミニライブがはじまった。アイドルのトレードマークであるミントグリーンとピンクのペンライトを振って応援する。それはあまりにも幸福な時間だった。
 ミニライブが終わって、ファンミーティングがはじまる。トークを聞くのも楽しかったけれども、今回のファンミーティング会場で販売されている新譜のCDを買うとハイタッチ券がもらえるので、私は勇み足でCDを購入していた。
 ファンのみんなで列を成してアイドルとハイタッチをしていって、私の順番が来る。間近で見るのははじめてだったけれども、この子は私よりも背が高かったんだと改めて驚く。
 いつも応援しているというメッセージを伝えて、アイドルとハイタッチをする。一瞬しか触れなかったけど温かい手だった。
 ハイタッチがひとしきり終わった後は、希望者の中から抽選でアイドルとツーショットの写真が撮れるという抽選会が行われた。
 抽選に参加するか一瞬悩んだけれども、ツーショットの写真が欲しいかと言われれば俄然欲しい。ので、抽選会に参加した。
 抽選の結果が出るのをじっと待って、発表された当然番号の中に、私の番号があった。
 まさか本当に当たるなんて!
 驚きながらもステージに上がって撮影の列に並ぶ。順番が来てアイドルと肩を寄せ合ってインスタントカメラで写真を撮ってもらう。
 写真を受け取るときに、アイドルがにっこりと笑ってこう言った。
「また来て下さいね」
 私のことを覚えていてくれるとは思わない。けれども、その一言はあまりにも嬉しくて、絶対またライブやファンミーティングに参加しようと思った。

 楽しかった時間も終わり家に帰ると、玄関にある履き物がいつもより多かった。どうやらひとり暮らしをしている息子が帰ってきているようだった。
「ただいまー」
 そう声を掛けて玄関に上がり、台所で手を洗ってから居間に入ると、夫と息子がテーブルに着いていた。
「お母さん、今日はどうだった?」
 夫がそう訊ねるので、私は鞄からアイドルとのツーショットを取り出して見せる。夫も息子も驚いたような顔をした。それから、夫は嬉しそうに笑って私に言う。
「こんな写真撮れたんだねぇ、よかったねぇ。
記念に飾れるようにフレーム買おうか」
 気のせいだろうか、私より喜んでいる気がする。
 そのようすを見ていた息子が私に言う。
「お母さんが追っかけてるアイドルって、どんな曲歌ってるのか気になるかも」
「ほう、気になるかね」
 息子が興味を示してくれたのははじめてかもしれない。私は早速CDラックから何枚かCDを取り出して息子に手渡した。
 夕飯もお風呂も、夫が用意してくれていたので、私はありがたく夕飯を食べてからお風呂に入る。
 お湯に浸かりながら、なんてしあわせな一日だったのだろうと思った。