映像はどんどん流れていきーーついに、最近の父の姿へと切り替わる。
 あ、と思う。
 スーツを着ていない私服姿の、今朝の父だ。

『駅前の道は混雑しているから、気をつけていきなさい』
『……行ってきます』

 不機嫌を露わに模試に向かう私を苦笑いで見送ったカットソー姿の父。
 私の姿が見えなくなると笑顔を消し、静かに母の私室に置いた写真へと向かう。

『行ってくれたよ、十和子(とわこ)

 私の前では見せない笑顔で、父は母の名を呼ぶ。
 そして返事を返すことのない写真の中の笑顔に向けて、父はぽつぽつと話し始めた。

「遥花は桜ノ端から通える距離の専門学校に進学して、看護師を目指すってさ。……でも、成績は十分大学を狙える。あの子は桜ノ端の外の世界を知らない。もっと広い世界があるんだ、見てきてから自分がいたい場所を探してもいいんだよって、言いたいけど、……君だったら、どう言うのかな」

 父は笑う。その顔は私が見たこともない「お父さん」じゃない父の顔だった。
 写真を引き寄せ、髪を撫でるように額縁の縁を撫でながら……父はひどく寂しそうに笑った。

「君にどんどん似てきて、賢い子になったよ。遥花にいろんな未来があるのなら、過去に縛られずに見つけに行って欲しい。立ち退きで多少はお金も入るしね」
 
 戯けるように肩をすくめる父の笑顔で、映像は途切れた。

「……目を開けなよ」

 言われるままに目を開き、顔を上げると、神様は優しい顔をして私を見つめていた。

「神様が、見せてくれたの?」
「俺は土地神だから」
「お母さんのことも……お父さんのことも、知ってたの?」
「遥花の両親も祖父母も、曽祖父母も、それよりずっと昔の人たちも、みんなみんな、桜ノ端の人間たちのことは見守ってきたんだ。みんなのことを覚えてるよ」

 私に語りかける、透き通った眼差しが神秘的だった。
 瞳にはいろんな景色が映し出されている。彼は神様なのだ。

「悲しみに囚われていなくてもいい。思い出を抱いて未来に進むことも、立派に故人(おかあさん)を大切に思うことと同じだ。……お父さんは、立ち退きを機に遥花に、それを伝えたいんじゃないのかな」
「お父さん……」
「それにな、遥花。思い出を力にして行動できるのは人だからこそできることだぜ?」

 こつん。神様は私に額を付き合わせてくる。

「遥花のこの頭で、お母さんみたいな人の力になりたいと思って、看護師を志したんだろ?」
「……うん」
「その志の中で、お母さんはずっと生き続けるよ。覚えていて見守ることしかできないカミサマより、人はなんでもできる生き物なんだ」

 私は言葉に詰まって、何も言えなくなった。神様は私を抱き寄せて、胸を貸してくれる。
 白いシャツに縋り付いて泣く私を、神様はずっと優しく宥めてくれた。

「神様。決めたよ、私……」