「天神様は町の中心が移動した時に移転されて、ここはそれ以降《《もぬけのから》》になってるんだ」
「そういえば亡くなったおばあちゃんが、昔そんなこと言ってたかも」
「だろ? ……で、今は元々の神様の俺だけが住んでるってわけ」

 私はなんだか複雑な気持ちになった。
 人間に忘れられ、新しい神仏をあれこれ上書きされ、最終的に廃墟だけ置いて行かれているなんて。

「なんだかかわいそう」
「かわいそうって言わないでくれよ。遥花がちょいちょいお菓子を供えてくれるから、少しずつ神通力も戻ってきたんだし。ほら」

 神様は言いながら、お菓子缶をふわふわと浮かせて見せる。

「そんなものなんだ……あ、お茶飲む?」
「ん、ありがと」

 水筒に入れてきたお茶を渡すと、ありがとうと花が綻ぶように笑う。
 日差しの下で見ると彼の瞳は茶色で色が薄く、光の加減では桜のようなピンクも入り混じる。見つめていると吸い込まれてしまいそうな、不思議な色をしていた。

「そろそろ行くね」
「お父さんによろしくな。お菓子おいしかったって、伝えといてくれ」
「……友達が言ってたって伝えとく」

 私は空になった缶を閉じながら、お菓子をいそいそと買ってきてくれた父の姿を思い出す。

 母が亡くなってから、私はうまく友達が作れなくなっていた。
 お母さんがいなくてカワイソウ、なんて目線で余計なことを言われたり気遣われたモヤモヤが心の中で澱のように溜まって、気がつけば誰に対してもどこかそっけなく、深い付き合いができなくなっていたのだ。

 だからきっと、父は私に(神様だけど)友達ができたことを、お菓子を用意してくれることで応援してくれてるんだと思う。

「あ、」

 そこまで思ってハッとした。
 弾かれるように、私は神様を振り返った。

「神様、ごめんなさい」
「ん? 何が?」
「私。自分が言われて嫌なこと言っちゃった。……神様の気持ちも事情も知らないのに、かわいそうなんて言って、ごめんなさい」
「いいよ、気にするなよ」

 深く頭を下げる私に、神様は笑って頭を撫でてくれた。
 頭を上げれば神様らしい優しい笑顔で微笑まれる。

「不思議なもんだな、長く生きてても、こんな風に人間に心配されたり、失言を謝られるなんて初めてだ」
「神様……」
「崇め奉られるか、忘れられるかどっちかしかなかったからな」

 神様の微笑みと手の暖かさに、なんだか胸があたたくなる。
 父にも最近、撫でられてないからかもしれない。それともこれも、神通力の力なのかも。
 神様は優しく微笑んだ。

「また遊びに来いよ。お菓子がなくてもいい。待ってるよ」

 ーーその日から。
 私にとって、土日に裏山に登ることは日常となった。
 引っ越しの件で父と喧嘩して以来、休みの日に家にいるのはなんだか気まずいし、神様と話せるのは楽しかったから。