すっかり朽ち果てて不法投棄し放題の境内なのに、桜だけは青空を覆うほどに咲き乱れている。

「ああ、今日も来てくれたんだ」

 桜吹雪の舞い散る昼下がり、今日も神様は私を迎えてくれた。
 私は神様に、手荷物を掲げてみせる。

「一応お供物、持ってきたよ」
「ありがとう」

 石段に二人並んで腰を下ろし、私は膝の上でキラキラのお菓子缶を開く。そこには袋で小分けされたクッキーが詰まっていた。
 神様の目が輝く。

「綺麗だな。じゃあ、いただきます」

 神様は丁寧な仕草で手を合わせて食べ始めた。その横顔が一瞬とても神聖なものに見えて、私はちょっと見惚れてしまう。

「美味しいね、これ」
「……それならよかった」
「お供物をもらうと神通力が回復しやすいんだよね」

 甘い味に顔が綻ぶ様子は、どう見ても普通のお兄さんって感じなのに、時々神様らしさを見せられると調子が狂う。

「これね、お父さんが今朝、友達と食べなさいって置いていってくれたの」
「へえ、趣味いいじゃん」

 見惚れてしまったことを誤魔化すように、私は早口でまくし立てた。

「女友達だと思ってるから、お父さんなりにめちゃくちゃ可愛いお菓子買ってきてくれたんだけど、気に入ってくれたならよかった」
「うん、気に入った。カフェ・リアージュのクッキーってこんなに美味しかったんだ」
「えっ」
「あ、知らなかった? 去年駅前の区画整理でできたばっかりのお店だよ」
「詳しいのね」

 当然の事のように最近の話題に触れてくるものだから、私は驚いてしまう。

「裏山に住んでる神様なのよね? どうして駅前のお店のことを知ってるの?」
「そりゃあ土地神だからさ。桜ノ端の名のつく範囲のことなら、だいたい何でもわかるし覚えてるよ」
「すごい。こんな廃墟の神様なのに……」
「こら。一言多いぞ、一言」

 私はあたりを見回す。
 昼間に来ても不法投棄だらけのボロボロの神社なのは相変わらずだ。満開の桜だけは盛大に花吹雪を散らせているけれど。

「そもそもこの神社自体、本当は俺を祀ってる訳じゃないんだ」
「そうなの?」
「ああ。俺はずっと昔から、桜ノ端一帯の土地神としてこの山にいたんだ。でも他所から他の神様の信仰が入ってきてそのまま、時代の流れで忘れられていっちゃって」

 神様は空を仰いだ。
 傾いた前髪から覗く額が、陽の光に眩しく映える。

「その後、何度も神様が祀られたり仏様が祀られたりしたけど、最近になって桜ノ端(ここ)を支配した殿様が天満宮から天神様を分霊して祀って。それが最後かな」
「待って。殿様は全然最近じゃないよ」
「俺にとっては最近だよ」
「でも、住んでて天神様は怒らないの…?」

 尋ねる私に、彼は苦笑いを返した。

「ここは俺以外、今は誰もいないよ」