「まさか、最期がこんな終わり方になるなんてな」

 ーー桜ノ端高校にて、卒業式が行われている時。

 花吹雪の舞う神社にて、土地神は透き通っていく手のひらを見つめながら口にした。
 彼を土地神たらしめていた要素は今、全てが失われようとしていた。
 もぬけの空だった神社には、新たに強力な神が勧請され、土地神の存在は浄化される。
 地名として人間に呼び親しまれていた言霊の力も、市町村合併により失われる。
 そして。
 最後に自分に頼ってくれていた人間が、桜ノ端の土地神から卒業する。

 土地神はずっと遥花に隠していたた。土地神(自分)の存在を認める人間が土地を離れて消えてしまうことが、土地神にとって致命的だということを。

「好きな女のおかげで生きながらえて、好きな女が去って消える、か……」

 彼女が高校卒業を迎えて市外に旅立つその朝まで、神として生きながらえられたのは奇跡だった。そもそも一年前、遥花に「助けて」と請われた時は、ほとんど消えかかっていたのだから。
 誰かの「神でありたい」と願う気持ちが、これほどの力を与えてくれるとは知らなかった。

「それだけ、俺は誰かに必要とされたかったんだろうな」

 好きな女が「卒業」すると同時に消えるというのは、どれだけ幸福なことだろうか。

「遥花、」

 土地神はひとり、高校の方角を見つめて目を閉じる。
 遥花の涙声まじりの歌声が、土地神の耳に届いてくる。

「俺は……最後まで、お前の神様でいられたかな」

 彼女の涙まじりの歌声は、今まで聴いたどんな祝詞よりも耳に馴染んだ。
 頭の先から爪先まで、愛した娘の言葉で紡がれながら逝くというのは、土地神としては至上の幸福だった。

「さよなら、遥花」

 遥花に呼ばれるまま、俺は消えたい。
 さよなら、俺を最後まで神様にしてくれた大切な人。
 そして消える最後の刹那。土地神は不意に、遥花の言葉を思い出す。

『神様って、祈ることで「きっと大丈夫」って勇気をくれる存在のことだと思うんだ。だから色んな意味で、神様は私の《《神様》》だよ』

 ーー祈ることで勇気をくれる存在。
 土地神は思う。自分が春までは消えずにいられると、自然に思い続けることができたのは遥花という存在がいたからこそだった。
 次の春までは、消えないと信じ続けることができた。

「はは、そうか。……それなら遥花は、俺の神様でもあったんだ」

 声に出して土地神は笑う。その声はひどく幸福な色をしていた。

「俺の初恋をあげるよ、神様」

 未来に向けて、俺の初恋を連れていけ。
 最期まで俺を俺であり続けさせてくれた、たった一人の、俺の恋人。

 呟きは陽の光に溶け、季節外れの桜吹雪が、誰もいない境内に舞い散った。